あたしが眠りにつく前に
「それは何よりだ。…ところでお母さんはご存知かな。君の今の状況を」

「あたしに直接問い質すことはありませんけど、薄々気づいてると思います。睡眠量が増えてきているのは一目瞭然ですから」

「近々お母さんともお話をしたいんだけどね」

「…やめた方がいいですよ。先生がお気の毒です」

 珠結の母親はこの医師を快く思っていない。珠結の奇妙な眠り病――医学書には載っていないが、珠結も医師も病として認識している――を一向に治せずにいるからだ。

 最初の頃は医師を信頼し、深々と頭を下げていた。しかし2、3年と経つにつれ、態度は徐々に変化していった。

数年に渡る治療の甲斐も無く、睡眠量は増え続けるばかり。よって母は珠結の付き添いで顔を合わせる度に不審の目を向け、皮肉を言うようにさえなった。

 この場に彼女がいないのは珠結が拒んだため。母親の医師に対する姿勢は到底見ていられなかった。最後に母親と医師が対面したのは、もう半年以上前のことだ。

「でもねぇ、ご家族と今後の治療方針について話し合うのは重要なことなんだ。大体患者の君が医者の私に気兼ねする必要なんて全く無いんだよ? むしろしてはいけない」

「それは分かってます。でも…先生のことを別にしても、まだ言いたくないんです。お願いです、…時が来たら自分の口から話しますから。母と一緒に来ますから!」

 必死な様子で見つめてくる珠結の姿に、医師は溜息をつくと困ったように笑いながら首を縦に振った。

「…分かったよ、そこまで言うのなら。最終的な決定権は君にあるからね、君から話すのを待つことにするよ。でも無理はしちゃいけない。少しでも調子がおかしいと思ったら、すぐに来なさい。いいね?」

 珠結は顔を上げると安堵の笑みを浮かべ、大きく頷いた。

 その後数分間、世間話をしてから珠結は席を立った。

「じゃあ先生、今日もありがとうございました」

 頭を下げてから、診察室のドアノブに手を伸ばした時。

「…永峰さん」

「はい?」

 先ほどまでの柔らかい雰囲気とは違った、真剣な表情の医師の顔がそこにあった。…え? 戸惑った珠結に投げかけられた声のトーンもやけに神妙なものであった。

「あの話…そろそろ、考えておいたほうがいいと思うよ」
< 23 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop