あたしが眠りにつく前に
帆高はブワッと前髪が逆立つような心地がした。怒りではない、複雑で恐ろしくて息苦しいような妙な感覚。彼女は何を言おうとしているのか。引いていた汗がまた噴出すような気さえした。
「本人が臓器移植の意思を表示していても、家族が承諾しなければ反映されない。あたしが拒めば、珠結は強制終了させられるまで生きていられる。脳死は人の死なのか不明瞭だから、そうとも言えるわ。そう、珠結の意思は関係なく、生かすも殺すも決められるのは唯一の家族である、あたしだけよ」
「珠結は…生きたいと言っていました。幸世さんの言い方は、珠結の願いと矛盾します」
「言葉が足りなかったわね。珠結の一部、臓器達は今も生きてる。でも珠結の元を離れてしまえば、それは珠結では無くなる。移植先の患者の一部となって、その患者自身と同化するのよ。残されるのは、抜け殻。生きた部分を全取り除かれて冷たくなった、空っぽの体。そこまで来たら、認めるしかないでしょう。永峰珠結は死んだんだって。手紙の内容、思い出しな」
‘誰かの一部となって、光の下を生きていきたい’
反芻して、納得する。死にたくないと、珠結は言った。しかし、言わなかった。‘永峰珠結として生きたい’と。
永峰珠結は死ぬ。死者として分類され、幕を下ろす。でも、欠片は。たとえ永峰珠結(あたし)でなくなっても。生きて、みたいんだ。
死んでいながらも、生きる。それが珠結の、真の願い。
「だからって…殺すだなんて」
語弊がある。その続きは言わせてもらえなかった。
「あたしは、そう思ってる」
「…幸世さん、あなただって本当は思っているんじゃないですか。殺すなんて、生きた対象にしか使いません。心はいなくても、体は。それだけで生きていると言えるんだって―――」
「あたしは、珠結を殺す。あんたの最愛で依存し尽くしてきた、唯一で絶対の存在を消し去るの。帆高、あたしを憎みなさい」
瞬間、帆高の頭は真っ白になった。幸世を憎む? 感謝こそすれど、できる訳が無かろうに。何故に彼女は、そんなことを言い出したのか。
「殺すのは、あたしだけで十分。あんたの目は、危険すぎる。間違いなく、あんたは殺してしまう。そうするぐらいなら、あたしを呪って怨みなさい。あんたの全てを奪うんだから、理由としては満足でしょ。その方が、よっぽどマシだし、あんたのためよ」
我に返った時には、既に幸世は姿を消していた。
いったい、自分が誰を殺すというのか。彼女を憎むことは帆高自身のためでもあると言っていた。言葉が足りなさ過ぎる。手中の手鏡を覗き込むも、やはり変貌も異常も見出せなかった。相変わらずの、吊り上った無愛想な目つき。
幸世は戻ると言い残さなかった。早く帰れとも、言われなかった。言外に帆高が望むだけいてもいいと言われたのだと、うぬぼれても良いのだろうか。
「本人が臓器移植の意思を表示していても、家族が承諾しなければ反映されない。あたしが拒めば、珠結は強制終了させられるまで生きていられる。脳死は人の死なのか不明瞭だから、そうとも言えるわ。そう、珠結の意思は関係なく、生かすも殺すも決められるのは唯一の家族である、あたしだけよ」
「珠結は…生きたいと言っていました。幸世さんの言い方は、珠結の願いと矛盾します」
「言葉が足りなかったわね。珠結の一部、臓器達は今も生きてる。でも珠結の元を離れてしまえば、それは珠結では無くなる。移植先の患者の一部となって、その患者自身と同化するのよ。残されるのは、抜け殻。生きた部分を全取り除かれて冷たくなった、空っぽの体。そこまで来たら、認めるしかないでしょう。永峰珠結は死んだんだって。手紙の内容、思い出しな」
‘誰かの一部となって、光の下を生きていきたい’
反芻して、納得する。死にたくないと、珠結は言った。しかし、言わなかった。‘永峰珠結として生きたい’と。
永峰珠結は死ぬ。死者として分類され、幕を下ろす。でも、欠片は。たとえ永峰珠結(あたし)でなくなっても。生きて、みたいんだ。
死んでいながらも、生きる。それが珠結の、真の願い。
「だからって…殺すだなんて」
語弊がある。その続きは言わせてもらえなかった。
「あたしは、そう思ってる」
「…幸世さん、あなただって本当は思っているんじゃないですか。殺すなんて、生きた対象にしか使いません。心はいなくても、体は。それだけで生きていると言えるんだって―――」
「あたしは、珠結を殺す。あんたの最愛で依存し尽くしてきた、唯一で絶対の存在を消し去るの。帆高、あたしを憎みなさい」
瞬間、帆高の頭は真っ白になった。幸世を憎む? 感謝こそすれど、できる訳が無かろうに。何故に彼女は、そんなことを言い出したのか。
「殺すのは、あたしだけで十分。あんたの目は、危険すぎる。間違いなく、あんたは殺してしまう。そうするぐらいなら、あたしを呪って怨みなさい。あんたの全てを奪うんだから、理由としては満足でしょ。その方が、よっぽどマシだし、あんたのためよ」
我に返った時には、既に幸世は姿を消していた。
いったい、自分が誰を殺すというのか。彼女を憎むことは帆高自身のためでもあると言っていた。言葉が足りなさ過ぎる。手中の手鏡を覗き込むも、やはり変貌も異常も見出せなかった。相変わらずの、吊り上った無愛想な目つき。
幸世は戻ると言い残さなかった。早く帰れとも、言われなかった。言外に帆高が望むだけいてもいいと言われたのだと、うぬぼれても良いのだろうか。