あたしが眠りにつく前に
自分は何になりたいのか、何をしたいのか。帆高には自分のことなのに、さっぱり分からないでいた。いつまでも学生気分ではいられない、親に心配をかけてはならない。自立するために働かなくては、それだけは決まっている。
いつ意思が定まって本格的に行動を始めても、手遅れにならないように。あれもこれもと手を出して、ジレンマの中をもがいている。
よく、ぶっ壊れないでいられるな。徹夜4日目の夜、同室の御園は化け物を見るような目で肩に手を置いてきた。多忙でしかない日々の中で、連日の徹夜は当たり前になっていた。もう1日は、いける。この点では、若さというものを実感する。
友人の心配は有難いが、自分は大丈夫なのだと帆高は自負していた。辛くないと言えば嘘になるが、耐えられないとまではいかない。むしろ、これぐらいが丁度良いのだと笑い返せてさえいる。
苦しいよりは、ずっといい。これは現実逃避なのだ。考えないでいられるのだから。眠りたくはない、罪悪感にかられてしまうから。
卑怯だと最低だと自覚している。しかし積み重なる時間は重すぎて、このままだと潰れてしまうと予感していた。壊れてしまう、それでは彼女達の思いを裏切ってしまう。そんな姿を彼女達の前にさらしたくなどなかった。
だから、転嫁させた。多忙という都合の良い麻薬に。人は感心だと称える。しかし実質は、そんな褒められたものなんかではないのだが。
最後の一段を踏み越えた時には、すっかり息が上がっていた。子供や老人じゃあるまいに、下を見下ろしながら帆高は自嘲した。上っている最中は気づかなかったが、石段は木々の隙間から漏れる陽光によって、惜しみなく照らし出されていた。林の手入れもされたのか、神聖な空気の中にあった鬱蒼とした雰囲気が一掃されている。
振り返った先の境内の有様は、ここまで見てきた様子からしての帆高が予想していたとおりだった。人はいない、寂れているという印象は拭えない。だけれども控えめに、厳かで清浄な空気が一帯を覆い尽くしていた。
建造物は建て直されているのではないものの、至る所に修理が施されていた。穴だらけだった手水舎の屋根は塞がれ、寄ってみると緑青の神龍の欠けていた爪は鋭さを取り戻して頭にも腕にもヒビ一つ残されてはいなかった。口から湧き出てくる水は、量も勢いも倍近くに増している。
後から後からこみ上げる驚きを胸に抱え、ゴミも落ち葉も無い境内を一通り観察し、帆高は真正面の社に視線を固定して目を瞠る。社の引き戸が、10㎝ほど開いていた。これもまた、かつてないことだ。
足音を顰めて近寄っていくと、中から物音がする。まさか泥棒だろうか。こんな早朝に、しかも人知れずの地であり物を運び出すには不便だろうな高所に。言っては何だが、賽銭もたいして金目のものもあるようには見えない、曰くありげな神社だというのに。
概観はかなり見違えたが、それでも近隣の神社に比べれば見劣りすることは否めない。裏を返せば、という意図があってか。泥棒ではない帆高には皆目検討がつかない。寺社で奉られている仏像や掛け軸などを狙う外国人窃盗団のニュースを見たことがあるが、まさかそれではないだろうな。
その危険性を踏まえれば一刻も早くこの場を離れるのが得策だが、放って置くのも抵抗があった。警察も考えるが泥棒だと断定できていないだけに、勘違いだったなら目も当てられない。
好奇心か正義感か、野次馬根性か。帆高は社前の段段の前で足を止めた。カタカタと物が揺れる音とギシギシと床が軋む音、人の気配が戸の隙間から漏れてくる。聞くからに、中にいるのは一人か。帆高が段に片足を乗せたのと同時に、引き戸がガラリと開いた。
いつ意思が定まって本格的に行動を始めても、手遅れにならないように。あれもこれもと手を出して、ジレンマの中をもがいている。
よく、ぶっ壊れないでいられるな。徹夜4日目の夜、同室の御園は化け物を見るような目で肩に手を置いてきた。多忙でしかない日々の中で、連日の徹夜は当たり前になっていた。もう1日は、いける。この点では、若さというものを実感する。
友人の心配は有難いが、自分は大丈夫なのだと帆高は自負していた。辛くないと言えば嘘になるが、耐えられないとまではいかない。むしろ、これぐらいが丁度良いのだと笑い返せてさえいる。
苦しいよりは、ずっといい。これは現実逃避なのだ。考えないでいられるのだから。眠りたくはない、罪悪感にかられてしまうから。
卑怯だと最低だと自覚している。しかし積み重なる時間は重すぎて、このままだと潰れてしまうと予感していた。壊れてしまう、それでは彼女達の思いを裏切ってしまう。そんな姿を彼女達の前にさらしたくなどなかった。
だから、転嫁させた。多忙という都合の良い麻薬に。人は感心だと称える。しかし実質は、そんな褒められたものなんかではないのだが。
最後の一段を踏み越えた時には、すっかり息が上がっていた。子供や老人じゃあるまいに、下を見下ろしながら帆高は自嘲した。上っている最中は気づかなかったが、石段は木々の隙間から漏れる陽光によって、惜しみなく照らし出されていた。林の手入れもされたのか、神聖な空気の中にあった鬱蒼とした雰囲気が一掃されている。
振り返った先の境内の有様は、ここまで見てきた様子からしての帆高が予想していたとおりだった。人はいない、寂れているという印象は拭えない。だけれども控えめに、厳かで清浄な空気が一帯を覆い尽くしていた。
建造物は建て直されているのではないものの、至る所に修理が施されていた。穴だらけだった手水舎の屋根は塞がれ、寄ってみると緑青の神龍の欠けていた爪は鋭さを取り戻して頭にも腕にもヒビ一つ残されてはいなかった。口から湧き出てくる水は、量も勢いも倍近くに増している。
後から後からこみ上げる驚きを胸に抱え、ゴミも落ち葉も無い境内を一通り観察し、帆高は真正面の社に視線を固定して目を瞠る。社の引き戸が、10㎝ほど開いていた。これもまた、かつてないことだ。
足音を顰めて近寄っていくと、中から物音がする。まさか泥棒だろうか。こんな早朝に、しかも人知れずの地であり物を運び出すには不便だろうな高所に。言っては何だが、賽銭もたいして金目のものもあるようには見えない、曰くありげな神社だというのに。
概観はかなり見違えたが、それでも近隣の神社に比べれば見劣りすることは否めない。裏を返せば、という意図があってか。泥棒ではない帆高には皆目検討がつかない。寺社で奉られている仏像や掛け軸などを狙う外国人窃盗団のニュースを見たことがあるが、まさかそれではないだろうな。
その危険性を踏まえれば一刻も早くこの場を離れるのが得策だが、放って置くのも抵抗があった。警察も考えるが泥棒だと断定できていないだけに、勘違いだったなら目も当てられない。
好奇心か正義感か、野次馬根性か。帆高は社前の段段の前で足を止めた。カタカタと物が揺れる音とギシギシと床が軋む音、人の気配が戸の隙間から漏れてくる。聞くからに、中にいるのは一人か。帆高が段に片足を乗せたのと同時に、引き戸がガラリと開いた。