あたしが眠りにつく前に
神社を取り囲む林の少し分け入った所に、鍵の壊れた倉庫がある。背高の木々に隠されて、この位置からの目視は難しい。そこには竹箒や熊手などの掃除道具が保管され、雑巾やゴミ袋といった帆高が買い足した備品も含まれている。
黙りこくる帆高の態度に答えは明らかで、彼は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「守るだなんて、大げさです。簡単な清掃ぐらいで、地元への貢献とか、そんな見上げた理由からじゃないんです。見返りを求めての、不純な動機です」
どうしても聞きとげてほしい願いがあった。中学・高校時代は参拝と簡単な清掃を毎朝、大学生になってからは帰郷して時間がある時に。それらは願いの成就のための誓いだった。どれも自分のためにやったことで、感謝される筋合いなんて無いのだ。
そう話しても、彼は首を振って感謝の言葉を告げる。後ろめたいような恥ずかしいような心地がして、帆高は苦虫を潰したような顔になる。
「地元の方々でさえ足が遠のく中、こうも熱心に足を運んで美化にまで努めてくださる方がいるなんてと、神様もさぞや喜んでくださっていることでしょう。私は老い先短い身ですが、命の続く限りは神社の管理を邁進していきます。私が死んだ後は、息子が管理を引き継ぐと約束してくれてもいますので、もう過ちは繰り返しません。いやはや、君に逢えて良かった。君の願いが叶うのをお祈りし、また顔を合わせられるのを数少ない楽しみとさせて頂きましょう」
最後の言葉に、胸がつまった。目を見られずに、帆高は口を開く。
「…そこまで言って頂いて恐縮なんですが、俺はもうここには来ません。こうも綺麗になれば、参拝客もどんどん増えていくことでしょう。人々に忘れられは、しません」
「おや。それは君の願いが届いたため、ということですか?」
「いいえ。信じないと、決めたので。神も仏も、存在すらしないのだと決めたんです」
その相手がおはします場所で、言うべきことではないと承知している。罰当たりだと言われて自身に災いが起こっても、それが罰だと認めるつもりもないのだから気にしない。
「その願いは、何が何でも叶ってほしかったんです。そのためなら、俺が死ぬことになったってよかった。自分のできる限りの誓いをいくつもたてて実行し、遂行してきました。それなのに、結局は。ささやかな希望すら与えてくれないで、砕け散ってしまいました」
「…君のように一心に願う方に、一度だけ会ったことがあります。20年近くも前でしょうか、雨の日も風の日も、毎朝必ず参拝にやってきて草取りや掃き掃除までしてくださった女性がいました。生まれつき病弱な孫が長生きをして幸せになるようにと、そうおっしゃっていましたね」
‘あそこの神様はね、昔からたくさんの人達の願いを叶えてきてくださったんだよ’
懐かしい声が、リフレインする。頭を優しく撫でる、皺だらけの掌の感触も蘇る。
「もしかしたら、その女性は…」
かつてのあなたも、この場に立って強く願い、固い誓いを立てた。
「俺の祖母なのかもしれません」
黙りこくる帆高の態度に答えは明らかで、彼は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。
「守るだなんて、大げさです。簡単な清掃ぐらいで、地元への貢献とか、そんな見上げた理由からじゃないんです。見返りを求めての、不純な動機です」
どうしても聞きとげてほしい願いがあった。中学・高校時代は参拝と簡単な清掃を毎朝、大学生になってからは帰郷して時間がある時に。それらは願いの成就のための誓いだった。どれも自分のためにやったことで、感謝される筋合いなんて無いのだ。
そう話しても、彼は首を振って感謝の言葉を告げる。後ろめたいような恥ずかしいような心地がして、帆高は苦虫を潰したような顔になる。
「地元の方々でさえ足が遠のく中、こうも熱心に足を運んで美化にまで努めてくださる方がいるなんてと、神様もさぞや喜んでくださっていることでしょう。私は老い先短い身ですが、命の続く限りは神社の管理を邁進していきます。私が死んだ後は、息子が管理を引き継ぐと約束してくれてもいますので、もう過ちは繰り返しません。いやはや、君に逢えて良かった。君の願いが叶うのをお祈りし、また顔を合わせられるのを数少ない楽しみとさせて頂きましょう」
最後の言葉に、胸がつまった。目を見られずに、帆高は口を開く。
「…そこまで言って頂いて恐縮なんですが、俺はもうここには来ません。こうも綺麗になれば、参拝客もどんどん増えていくことでしょう。人々に忘れられは、しません」
「おや。それは君の願いが届いたため、ということですか?」
「いいえ。信じないと、決めたので。神も仏も、存在すらしないのだと決めたんです」
その相手がおはします場所で、言うべきことではないと承知している。罰当たりだと言われて自身に災いが起こっても、それが罰だと認めるつもりもないのだから気にしない。
「その願いは、何が何でも叶ってほしかったんです。そのためなら、俺が死ぬことになったってよかった。自分のできる限りの誓いをいくつもたてて実行し、遂行してきました。それなのに、結局は。ささやかな希望すら与えてくれないで、砕け散ってしまいました」
「…君のように一心に願う方に、一度だけ会ったことがあります。20年近くも前でしょうか、雨の日も風の日も、毎朝必ず参拝にやってきて草取りや掃き掃除までしてくださった女性がいました。生まれつき病弱な孫が長生きをして幸せになるようにと、そうおっしゃっていましたね」
‘あそこの神様はね、昔からたくさんの人達の願いを叶えてきてくださったんだよ’
懐かしい声が、リフレインする。頭を優しく撫でる、皺だらけの掌の感触も蘇る。
「もしかしたら、その女性は…」
かつてのあなたも、この場に立って強く願い、固い誓いを立てた。
「俺の祖母なのかもしれません」