あたしが眠りにつく前に
 変わり映えの無い休日の午前帯に、かつての通学路を歩く帆高だけが異質だった。「まっくろー」意味を知らない小さな子供が指を指し、隣を歩く母親に諌められた。

どうしてと問う声の続きは、曲がり角の奥へと消えた。あの年頃の子はナンデドウシテ症候群の真っ只中だ、母親の苦労が窺えてクスリとする。

店のガラス戸に顔を向ければ、あちら側の自分は笑っている。これなら向こうに着いても大丈夫だろう。不審者と思われぬよう、すぐに前を向く。

 どうにも、見えない。余所見をしていて、突き当たりの塀にぶつかりかける。寸前の所で立ち止まって、ドジを回避する。ここで右折、方向転換をしたその先を、見覚えのある後姿が歩いていた。

「塚本!」

 振り返った彼も自分と同じ黒のスーツに地味なネクタイを締め、まだその服装が板に着いていないように見受けられる。大人とは呼べない子供っぽさをやや残す彼は、平時と異なって笑いかけてはこなかった。

「会場じゃなくて、こんな所で会うなんてな。とんだ偶然だ」

「偶然じゃあ、ないかな。俺の家、すぐそこだって知ってるだろ? 一之瀬の家は知ってるし、この時間にここを通るんじゃないかって予想してた」

 怪訝そうな顔で一歩退いた帆高に、塚本は慌てて首を振った。

「待ち伏せてたんじゃないよ。出くわせたらいいなって程度で、そんで着く前にちょっとでも話せたらってさ。会場だと、それどころじゃないだろうから」

「あまり変わらない気もするがな。にしても、確実性に乏しいこと考えたもんだな。俺がもっと早くに家を出た可能性もあるだろうに」

 母と同時刻に家を出ることも考えたが、「子供がウロウロしても邪魔になるだけ」と釘を刺された。幼稚園児じゃあるまいしと憤るも、人生経験を積んだ大人からしたらそうでしかないのだろう。

「だから、だといいなって期待半分だよ」

「そうかよ。おい、ちゃんとしとけよな」

 帆高は塚本の乱れていた襟元を直してやる。

「そうだ、リクルートスーツって大丈夫だっけ? 喪服無くってさ、母さんは問題無いって言ってたけど」

「まだ学生で遺族でもないし、黒だから大丈夫だ。逆に、この年で喪服を準備してる方が珍しいと思うぞ。今日来る同級生達ならほぼ全員そうだろうし、さ…ご遺族だって気にしやしないだろうよ」

「そっか、良かったあ。…あれ、一之瀬の着てるのは何か違うような? それ、喪服?」

 黒一色のネクタイに、塚本のものより深い黒地の光沢の無いブラックスーツ。生地の質感や織り方など細かい点。見た目は似ていても、並んでしまえば明らかに別物だと分かる。

「ああ。寮の近くの店で買った。あっちのが都会だし、品揃えも良かった」

「俺も、買った方が良かったかな」

「連絡が来たの、一昨日かそこらだろ。急な話なんだし、急いでわざわざ買うこともない。俺の場合は、かなり前から分かってたからな。それでも俺だって参列者なんだから、用意することもなかっただろうが。…何となくな。心配するなって、浮くのは俺の方だ」

「一之瀬は浮くとか気にしないでしょ」

 くだらないな。帆高の呟きに、塚本がほんの一瞬だけ口元を緩めた。
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