あたしが眠りにつく前に
「…あと、少しだな」

 大きめの筆文字と矢印の書かれた、白い看板の脇を通り過ぎる。友人に気の利いた言葉一つかけられない自分の無力さが情けない。

テストの成績が良くても何の役にも立たない。人を気遣える頭の良さが、喉から手が出るほど欲しいものだ。

「まだ早いけど、集まってきてるみたいだね」

 前方の建物に黒装束の人が吸い込まれていく。小学生の頃は地元のイベントが行なわれる際に、よく訪れていたものだった。何が行なわれるかで、雰囲気も丸っと変わるものだと思う。

自分が前回出席したのは、市内のホールだった。公民館でもできるだなんて、最近知ったばかりだった。

‘故 永峰珠結 儀 葬儀式場’

 アルミ製の立看板の真下、白百合と淡い桃と黄色のグラジオラスが咲き誇っていた。

 中に入ってすぐの所に、受付が設置されていた。受付を済ませたはずの参列客はなぜか会場に入らず、入り口脇の長椅子に腰掛けたり壁にもたれかかっていた。

会場のドアは閉められている。葬儀の開始時刻まで30分を切っているだけに、帆高には不可解に思われた。

 受付の女性が言うには、会場内の照明にトラブルが起きたという。深刻なものではないが、あと5分はかかるらしい。それまでは、場外で待機というわけだ。

 ごめんなさいね、と眉を下げる顔に見覚えがあった。廊下の奥で忙しなく動きまわる母の姿が見える。母と一緒にいる老年の女性の顔に、帆高はそうかと合点が行った。

受付の女性は珠結のアパートの隣人、老女はそこの大家だ。幼い頃に遊びに行っていた時に、何度か顔を合わせた。10年以上も前の話で年相応に外見も変化しているので、すぐにピンとこなかった。

 母一人子一人の永峰親子に、手伝いを頼めるような親族はいない。そのうえ幸世は地元出身ではなく珠結が生まれた直後に越してきたため、知人も友人もいなかった。

 古いアパートのため住人の出入りは少なく、殆どが数十年来の古株の住人だ。この時代には珍しく住人同士の結びつきは強く、若い親子はとりわけ可愛がられてきた。

 業者に頼む費用が節約できる。それもあるけど、皆さんも自分に何かできないかって買って出てくれたのよ。さっちゃんのために、珠結ちゃんのために。

その一人である帆高の母は、真剣な顔でクローゼットから礼服を取り出していた。

 弔問客は大部分が帆高と同級の女子達だった。あちこちですすり泣く声がして、友人に抱きついて泣き崩れている者もいる。彼女は確か中学時代に珠結と親しくしていた人物だ。名前も覚えている。

 見覚えのある顔ぶれを方々で見かけながら壁際で塚本と佇んでいると、新たに公民館の自動ドアが開いた。入ってきたのは高校の同級生だった男二人だった。

 戸惑う様子で受付を済ますと、片隅に移動して気まずげに辺りを見回す。ふと塚本と目が合うとホッとしたような顔をしたが、隣に帆高がいるのに気づくと目を伏せた。

「あいつら、サッカー部の連中だろ。行って来いよ」

「え、なんで。同窓会気分になんてなれないよ」

「完全に雰囲気に呑まれて居心地悪そうにしてて、見てられない。お前といれば、少しは気が紛れるだろ。そもそも同級生だったからと言っても、異性だったり関係が希薄だったりすると来にくいもんだからな。せっかく来てくれたってのに、かわいそうだ」

 一之瀬は、と問われるも帆高はわざとそっぽを向く。
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