あたしが眠りにつく前に
「俺が行くと、逆効果だろ。誤解とは言え、噂が立って親しかった、変に気を遣わせて、こっちがいたたまれなくなる。早く行けって」

「ホント優しいんだから、一之瀬は。あ、そうだ。ここだけの話なんだけど…」

 右のヤツ、永峰さんのこと好きだったんだよ。

 小さく顰めた塚本の告白に、帆高は「はあ?」と間抜けな声を上げた。

「結局は何もなく終わったみたいだけど。髪フェチ連中も含めて、そういう奴はわりといたと思うよ。永峰さんって特に美人でも目立つ方でもないけど、引き付けられる不思議なオーラがあった。何より性格が良いし、男に媚びないで無頓着なぐらい。でも、誰も近づけなかった。一之瀬帆高っていう番犬が張り付いてたからね」

「…何のことだ」

「そういうことにしとくよ」

 タブーな笑顔は封印しながらも、塚本の飄々とした言い草は呆れか微笑ましさによるものか。帆高は「とっとと行け」と念を押して、顎でしゃくる。

「…さっきの瞳は、良かったよ」

 意味深な捨て台詞を残すと、帆高が尋ねる間もなく塚本は手の届かない距離へと歩いていった。背後から男のものではない高い声に呼びかけられたのは同時だった。

「久しぶり。卒業式以来だな」

「元気に…って、今聞くようなことじゃないよね。ごめん」

「気遣わなくていいから、杉原」

 珠結との会話の中で一番出てきた名前が、この杉原里紗だった。頬を膨らませながらも楽しそうに彼女のことを話す姿に、彼女への嫉妬を覚えかけたことがあったのは子供ゆえの一時だけだ。

 スーツの下もストッキングも黒一色に統一し、髪はポニーテールではなくハーフアップにしている以外は、ほぼ最後に会った姿と変化は見えなかった。

「変わってないな」

「よく言われるよ。童顔でチビなままだもん。一之瀬君は…また背高くなってるね」

「親戚のおばさんみたいなこと言うんだな。一人?」

「那智…川村さんもいたんだけど、今は化粧室に行ってる。ナチュラルメイクなのに、グチャグチャになっちゃって。当分は戻って来ないと思う。…見た目に寄らないで、涙もろいから。他の皆は、もうすぐ着くみたい」

「そうか。皆、時期的に時間作るの大変だろうにな」

「一之瀬君がそれを言う? 当たり前だよ。皆、珠結が大好きだもん。でも塚本君も来てるのは、ちょっとびっくりした」

 側にいただけあって、珠結と塚本との不自然さに気づかない訳がなかった。直球型の彼女が塚本に働きかけたことは無かったはずで、やはり珠結に静観を求められていたのだろう。

陰で口も手も出せない歯がゆさでやきもきしていたのは、彼女も同じだった。同志のような、奇妙な情が帆高の胸を打つ。

「知らないところで、和解してたんだと。塚本から来る途中で聞いた」

「そうなの? 珠結ったら、何も…。でも、良かった。珠結、塚本君のことすごく気にしてたんだよ。でもわたしは『何よ、あいつー』ってムカムカしてたんだけどね。ついさっきまでは」
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