あたしが眠りにつく前に
里紗が鎖骨の位置にかかっていた髪を後ろにやる。「それ、」その首にかかった物に、帆高は不釣合いさを覚えて問いかけていた。
「これね、珠結からの誕生日プレゼントなの。私の20歳の誕生日に送ってほしいって、前もって珠結のお母さんに頼んでたんだって。綺麗でしょ? 私の誕生石に合わせて選んでくれたんだと思う」
シルバーのチェーンにぶら下がる、透き通った水色の小さなハート型の石。軽くつまんで掲げて見せれば、光の角度に合わせて控えめに瞬く。
「知ってる? アクアマリンって健康や幸福の象徴なんだって。…バカだよね、それは珠結の方こそ必要なものなのに。笑うどころか、呆れちゃうよ。行き過ぎてるのは、鈍感だけで十分でしょって」
「ああ。同感すぎて、何も言いようがない。だけど、それが珠結なんだから、仕方がないよな。こればかりは、治るようなものじゃない」
「だよね。…これは葬儀につけるものじゃないって分かってるよ。でも珠結がくれたものだし、この場を借りて実際に付けてる所を見てもらってお礼も言うつもり。マナー違反、上等!」
「いいと思うよ。ペンダント、すごく似合ってる」
「ありがとう」里紗の表情は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
本当は珠結に言ってもらいたかっただろうに、プレゼントも直接手渡してほしかっただろうに。珠結の気に入るかどうかドギマギする顔も、返ってきたお礼の言葉に安堵する顔も拝めることはなかった。
真っ赤に染まった目元と鼻をハンカチで押さえた那智が戻ってきた所で、「お待たせ致しまして」と斎場の扉が大きく開かれた。
葬儀に続いて告別式と、式はつつがなく執り行われた。しゃくりあげる声や鼻をすする音は途切れ途切れにも絶えず、場内に響いていた。帆高の前に座った里紗は隣に座る那智の手を握り、震える肩を撫でていた。
いたたまれず逸らした視線の先には、幸世が静かに座っていた。背筋を伸ばして涙も流さず、焼香する参列者に毅然と頭を下げる。それ以外はずっと、祭壇を見つめていた。
正確には、額縁の中の娘の姿を。写真の珠結は私服姿で、友人とのスナップ写真を使用したらしい。クラスの集合写真などよりも珠結らしさが表れている自然な物を、という幸世の意思だった。
珠結はレンズに向けていた微笑みを、今は出席者達に向けて見下ろしている。彼女が愛した日常での一コマを切り取った、幸せを感じさせる一枚。
満面の笑み、なのに。帆高の目には危うさと儚さがにじみ出ているようで、不吉に映った。却って制服姿の無難な写真の方が良かったのではないか。彼女の母、幸世は気づかなかったのだろうか。
写真を嫌悪する自分は、絶対でない限り単独でも誰かとでも撮影に臨むことはない。珠結とでも、小学校低学年以来ないと思う。
昔から自分の目は好きではなかった。吊り上がり、獣のような鋭い目つきが嫌だった。写真や鏡は正直に映し出すものだから、まざまざと思い知らされて恐れもした。
「この子、怒ってるの?」「不機嫌そう。威嚇してるみたいね」「子供なのに、怖い目」
そう言われているのを耳にして、、小さな心は混乱した。そんなこと、ない。カメラを構える初対面の男性に対して、緊張はしていた。それだけだった。
自分の映る写真を見た人たちは、複雑そうな顔をする。自分の目は、人を嫌な気持ちにさせる。ああ、やっぱりこの目が嫌いだ。
笑えと言われても笑えない。ますます表情が固くなって、目つきは険しくなっていく。あっけなく悪循環に陥って抜け出せなくなった。
「これね、珠結からの誕生日プレゼントなの。私の20歳の誕生日に送ってほしいって、前もって珠結のお母さんに頼んでたんだって。綺麗でしょ? 私の誕生石に合わせて選んでくれたんだと思う」
シルバーのチェーンにぶら下がる、透き通った水色の小さなハート型の石。軽くつまんで掲げて見せれば、光の角度に合わせて控えめに瞬く。
「知ってる? アクアマリンって健康や幸福の象徴なんだって。…バカだよね、それは珠結の方こそ必要なものなのに。笑うどころか、呆れちゃうよ。行き過ぎてるのは、鈍感だけで十分でしょって」
「ああ。同感すぎて、何も言いようがない。だけど、それが珠結なんだから、仕方がないよな。こればかりは、治るようなものじゃない」
「だよね。…これは葬儀につけるものじゃないって分かってるよ。でも珠結がくれたものだし、この場を借りて実際に付けてる所を見てもらってお礼も言うつもり。マナー違反、上等!」
「いいと思うよ。ペンダント、すごく似合ってる」
「ありがとう」里紗の表情は、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
本当は珠結に言ってもらいたかっただろうに、プレゼントも直接手渡してほしかっただろうに。珠結の気に入るかどうかドギマギする顔も、返ってきたお礼の言葉に安堵する顔も拝めることはなかった。
真っ赤に染まった目元と鼻をハンカチで押さえた那智が戻ってきた所で、「お待たせ致しまして」と斎場の扉が大きく開かれた。
葬儀に続いて告別式と、式はつつがなく執り行われた。しゃくりあげる声や鼻をすする音は途切れ途切れにも絶えず、場内に響いていた。帆高の前に座った里紗は隣に座る那智の手を握り、震える肩を撫でていた。
いたたまれず逸らした視線の先には、幸世が静かに座っていた。背筋を伸ばして涙も流さず、焼香する参列者に毅然と頭を下げる。それ以外はずっと、祭壇を見つめていた。
正確には、額縁の中の娘の姿を。写真の珠結は私服姿で、友人とのスナップ写真を使用したらしい。クラスの集合写真などよりも珠結らしさが表れている自然な物を、という幸世の意思だった。
珠結はレンズに向けていた微笑みを、今は出席者達に向けて見下ろしている。彼女が愛した日常での一コマを切り取った、幸せを感じさせる一枚。
満面の笑み、なのに。帆高の目には危うさと儚さがにじみ出ているようで、不吉に映った。却って制服姿の無難な写真の方が良かったのではないか。彼女の母、幸世は気づかなかったのだろうか。
写真を嫌悪する自分は、絶対でない限り単独でも誰かとでも撮影に臨むことはない。珠結とでも、小学校低学年以来ないと思う。
昔から自分の目は好きではなかった。吊り上がり、獣のような鋭い目つきが嫌だった。写真や鏡は正直に映し出すものだから、まざまざと思い知らされて恐れもした。
「この子、怒ってるの?」「不機嫌そう。威嚇してるみたいね」「子供なのに、怖い目」
そう言われているのを耳にして、、小さな心は混乱した。そんなこと、ない。カメラを構える初対面の男性に対して、緊張はしていた。それだけだった。
自分の映る写真を見た人たちは、複雑そうな顔をする。自分の目は、人を嫌な気持ちにさせる。ああ、やっぱりこの目が嫌いだ。
笑えと言われても笑えない。ますます表情が固くなって、目つきは険しくなっていく。あっけなく悪循環に陥って抜け出せなくなった。