あたしが眠りにつく前に
昔と比べたら、かなり柔らかくなった。小さい子供だから目立ってたわけで、コンプレックに思うこともないと、家族は笑う。それでも深く植えつけられた嫌悪感と拒絶反応は残留したままだ。
自然さを求められない、集合写真や証明写真を撮るには抵抗は無くなった。男なら履歴書の写真は笑顔でなくとも、書類選考に支障は無いはずだと思う。帆高にとっては、まずまずの進歩だった。
もしも不慮の事故などで急死しても、遺影の写真に困ることは無い。両親には心底呆れた顔をされ、縁起でもないと窘められた。
自分の写る写真を直視するのは抵抗があるものの、生活に支障は無いため気にはなっていない。それでもふと気に病むは、珠結と関連付けてしまう時。
家族は大好きだし、大切で守りたい。その表現は、珠結にも言い表すことができる。ただ、言葉のくくりは同じでも感情の種類と強さは別物であって上回るものだとも自覚していた。はっきりとした違いを言葉で言い表す方法が、帆高には分からなかっただけで。
言うなれば、家族以上。自分が自分でいられる、唯一の他人。彼女への想いを越える感情を、帆高は持たない。帆高の絶対かつ唯一を覆す人物は、かつて一度も現れたことは無い。
そんな彼女が隣にいても、カメラの前では心が閉じた。「一緒に撮ろうよ」数度誘われたこともあったが、頑なに拒んだ。
珠結はこの瞳を笑って受け止めてくれる。自惚れではない、珠結は飽きることなく囁いてくれてきた。なのに、体は心に従ってくれない。表情が凍り付いてしまう。そんな自分と笑う珠結のツーショットを、珠結に見せたくなどなかった。
自分といても、帆高は笑ってくれないんだね。失望されるのが怖かった。
珠結と一緒でも、その他大勢といる時と同じ顔しか写れない。絶望するのが恐ろしかった。
帆高の意思を尊重した珠結が、カメラを持ち出すことは無くなった。だがもしも、最後に逢った公園ででも、何かを思った珠結が数年ぶりとなる、あの言葉を持ちかけてきたら。
‘一緒に、撮ろうよ’
自分は頷き返せていただろうか。お粗末でも、珠結への想いを顔に出してレンズを見つめ返せていただろうか。
遺影のような優しい顔で、珠結は笑ってくれただろうか。
「お別れ、しなくていいの」
僧侶が退場し喪主の幸世の挨拶も終わり、閉式を迎えていた。会場の後方の出口脇に立っていた帆高に、里紗が花を差し出した。
「俺は、いいよ」
「でも」
「俺にとっての別れは、もう済んでるから」
やんわりと断ると、里紗は俯いて握っていたカラーを軽く胸に当てた。会場の前方では祭壇から下ろされた棺に珠結の友人達が花を手にして集まっていた。その中に塚本やその元チームメイト、男女問わずのかつての同級生達も含まれていた。
お別れの儀の別れ花。淡い彩の花々で、珠結も棺も飾り付けられていく。眼球も一切の臓器も取り出されても、体には義眼や縫合の処置が行なわれて丁寧に扱われる。珠結が臓器提供をした事実は、幸世と帆高以外は知らない。覗き込む人々に違和感を抱く様子は見られない。
綺麗な姿で珠結は戻って来た。花々に囲まれて瞼を閉じる様は、言うなれば白雪姫か。名前の由来となっている白い肌なんて、瓜二つだろう。
またはと、帆高がもう一つの例えを思いついた所で頭を振った。それは、珠結にとって不本意にならないか。どうしても、珠結の意図を汲もうとしてしまう。帆高はこめかみを指で押さえた。
自然さを求められない、集合写真や証明写真を撮るには抵抗は無くなった。男なら履歴書の写真は笑顔でなくとも、書類選考に支障は無いはずだと思う。帆高にとっては、まずまずの進歩だった。
もしも不慮の事故などで急死しても、遺影の写真に困ることは無い。両親には心底呆れた顔をされ、縁起でもないと窘められた。
自分の写る写真を直視するのは抵抗があるものの、生活に支障は無いため気にはなっていない。それでもふと気に病むは、珠結と関連付けてしまう時。
家族は大好きだし、大切で守りたい。その表現は、珠結にも言い表すことができる。ただ、言葉のくくりは同じでも感情の種類と強さは別物であって上回るものだとも自覚していた。はっきりとした違いを言葉で言い表す方法が、帆高には分からなかっただけで。
言うなれば、家族以上。自分が自分でいられる、唯一の他人。彼女への想いを越える感情を、帆高は持たない。帆高の絶対かつ唯一を覆す人物は、かつて一度も現れたことは無い。
そんな彼女が隣にいても、カメラの前では心が閉じた。「一緒に撮ろうよ」数度誘われたこともあったが、頑なに拒んだ。
珠結はこの瞳を笑って受け止めてくれる。自惚れではない、珠結は飽きることなく囁いてくれてきた。なのに、体は心に従ってくれない。表情が凍り付いてしまう。そんな自分と笑う珠結のツーショットを、珠結に見せたくなどなかった。
自分といても、帆高は笑ってくれないんだね。失望されるのが怖かった。
珠結と一緒でも、その他大勢といる時と同じ顔しか写れない。絶望するのが恐ろしかった。
帆高の意思を尊重した珠結が、カメラを持ち出すことは無くなった。だがもしも、最後に逢った公園ででも、何かを思った珠結が数年ぶりとなる、あの言葉を持ちかけてきたら。
‘一緒に、撮ろうよ’
自分は頷き返せていただろうか。お粗末でも、珠結への想いを顔に出してレンズを見つめ返せていただろうか。
遺影のような優しい顔で、珠結は笑ってくれただろうか。
「お別れ、しなくていいの」
僧侶が退場し喪主の幸世の挨拶も終わり、閉式を迎えていた。会場の後方の出口脇に立っていた帆高に、里紗が花を差し出した。
「俺は、いいよ」
「でも」
「俺にとっての別れは、もう済んでるから」
やんわりと断ると、里紗は俯いて握っていたカラーを軽く胸に当てた。会場の前方では祭壇から下ろされた棺に珠結の友人達が花を手にして集まっていた。その中に塚本やその元チームメイト、男女問わずのかつての同級生達も含まれていた。
お別れの儀の別れ花。淡い彩の花々で、珠結も棺も飾り付けられていく。眼球も一切の臓器も取り出されても、体には義眼や縫合の処置が行なわれて丁寧に扱われる。珠結が臓器提供をした事実は、幸世と帆高以外は知らない。覗き込む人々に違和感を抱く様子は見られない。
綺麗な姿で珠結は戻って来た。花々に囲まれて瞼を閉じる様は、言うなれば白雪姫か。名前の由来となっている白い肌なんて、瓜二つだろう。
またはと、帆高がもう一つの例えを思いついた所で頭を振った。それは、珠結にとって不本意にならないか。どうしても、珠結の意図を汲もうとしてしまう。帆高はこめかみを指で押さえた。