あたしが眠りにつく前に
「…なんだ、帆高か。何してくれんの、おイタが過ぎるでしょ!」

「狸寝入りなんかしてるなよ。俺を欺こうなんぞ、100年早い」

「だって誰が来たのか分からなかったし」

「気配で判別しろよ」

「はぁ!? 無理だっつの‼」

 膨れっ面の珠結の目の前に、帆高はこれ見よがしに右手に掴んでいた物体を突き出す。一転、珠結の目はキラキラと輝き出す。

「わ、イチゴオレ!!」

 珠結はサッとそのピンクの紙パックを掻っ攫う。校内の自販機で売られているそれは、珠結が中毒的に愛飲する飲み物だ。
「単純」いそいそとパックにストローを刺す珠結に、帆高は咎めるでもなく呟く。

 買ったきたばかりらしい、冷たくて甘い液体は喉を心地よく滑り降りていく。やっぱりこの味が一番だ。無意識に笑みがこぼれてしまう。

「ふぅー。でもホント、さっきはびっくりしたぁ。…あれ? ところで帆高は何で来たのさ」

 今はまだ昼休みで放課後ではない。皆が昼食を食べ終えたぐらいのこの時間、帆高はいつもなら教室で友人3人と雑談でもしているのではなかったか。

「それはこっちの台詞。珠結こそ、何で今いるんだよ」

「ほら、今日はあったかいでしょ。日なたぼっこしてのんびりしたい気分だったからだよ」

「お前は猫か」

「だって、この先ますます寒くなってくるでしょ? 屋上にいるの辛くなるじゃん。だから今のうちに十分満喫しとこうと思ったのー」

「…だな。日も短くなってきてることだし、そろそろ帰りに寄れなくなるもんな」

 帆高の納得の言葉にいささか寂寥感も含まれている。帆高も同様に屋上への少なからずの愛着を持っている。通い始めて5ヶ月目、ほぼ毎日来ているだけあってその度合いは互いに強い。

二度と来られないわけでもなく一時的なことだと分かっているが、お気に入りの玩具を取り上げられたような寂しい感覚は拭いがたい。

 珠結はイチゴオレを半分ほど飲んでパックを床に置こうとした。しかし地熱で温まってしまうため、パックを持ったまま手を膝の上に置いた。

「で、そっちの答えは? 帆高だっていつも来てるわけじゃないでしょ?」

「そうだけど、……完璧に忘れてるな。昨日の帰りに『昼休みにイチゴオレおごって』ってぬかしたのは、どこのどいつだコラ」
< 26 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop