あたしが眠りにつく前に
「…なんで俺、祝われる立場なのに怒られてるんだろ」
「お前がぶつくさ言ってるからだ。素直に祝われてれば良かったんだよ」
「祝われてる感じがしないんだけど…、まあいいか。一之瀬も飲もうぜ」
「俺は自分のは買ってない」
「そう言うだろうと思ってさ、ほら」
自分のベッドの下から、御園が袋を取り出す。黄色だけでなく白にオレンジ、銀色のパッケージも数本透けて見える。
「自分でも祝うつもりだったのか。用意がいい」
「いざとなったら、『卒業してもガンバレ俺!』って感じで飲むつもりだったんだけどな。もちろん、一之瀬も巻き込んで。そうならなくて、助かったよ。ほい、提案じゃなくて命令。今日の主役は俺だろ? 前も付き合ってやったじゃん」
「俺は別に頼んじゃいない。御園が勝手に…」
「じゃ! 俺の内定獲得を祝して、乾杯っ!!」
帆高の言い分を無視して、御園は持っていた缶を帆高の缶と突き合わせた。弾みで開いた注ぎ口からビールがこぼれそうになる。おっと、と御園が口を寄せる。
帆高も仕方なくチビチビと口をつける。冷たすぎず室温で飲みやすい。チューハイなんてジュースだろ? 飲んだ気がしないじゃん。御園の価値観とは、平行線のまま交わりはしないだろう。数ヶ月ぶりのアルコールは、即効性の毒物のように早くも帆高の全身に行き渡り始めている。
対照的な御園はいつしか名残惜しそうに缶を振り、上目遣いで帆高を見上げていた。そして、最後の悲鳴。喉を押さえて悶えるも、受け取った新たな缶は離さない。
すでにアルコール分5.5%の700mlが、御園の胃の中に収まっている。ささやかな悪戯心で冷やしておいたそれを、こうも短時間かつ連続で飲み干して大丈夫なのだろうか。さすがに心配にもなってくる。
帆高の懸念をよそに、御園の顔色は平常で腹を抱える素振りも無い。就職先が決まるまで断酒すると宣言し、今日まで就職活動に専念して有限実行してきた。御園ともあろう酒飲みが。殺せない神も仏も、御園の願いは聞き入れてくれたという訳か。
このハイテンションもハイペースは、内定獲得と就職活動からの解放と飲酒の解禁による3大要素から来ているのだろう。後々になって反動が腹に来ないといいのだが。二日酔いは…有り得ないか。
「で、どこに決まったんだ?」
「電化製品とかの部品作ってる会社で、そこの営業。40人規模の中小で知名度は低いけど、大手メーカーにも発注してて技術力は確か。勤務条件と内容もだけど、何より経営理念に共感できてさ。景気的に厳しくもなってくるだろうけど、ここなら頑張っていけるって思ってた。だから、すっげ嬉しい」
「良かったな。ゲームメーカーしか受けないって、言い張ってた時と大違いだ」
「自分でもそう思う。『仕事は好きなだけじゃ、やっていけない』面接で言われて、グサッときたもんな。しかも、そこ1次で落ちたし。かなりへこんだ。でもその一言が無かったら、一生就職できなかったかも。痛かったけど、あの人事さんには感謝だよ。だからあそこのソフト、いっぱい買おっと」
御園はほくほく顔で床に座ると、袋から乾物やら菓子やらを取り出す。缶を一旦テーブルに置いた時、半分乾いた音がした。帆高も座って封を開けるのを手伝ってやる。帆高の缶からの音は、重く篭っていた。
「…何かずれてるような気がするが。これも開けるのか?」
「おう。あと、それも。でも一之瀬は好きなことそのままの仕事できるから、すごいよな。それに、意外だった。一之瀬はてっきり先生とか公務員とかの、お堅い職業を選ぶかと思ってたから。あれって、女子が就くのが多いんじゃなかった?」
「お前がぶつくさ言ってるからだ。素直に祝われてれば良かったんだよ」
「祝われてる感じがしないんだけど…、まあいいか。一之瀬も飲もうぜ」
「俺は自分のは買ってない」
「そう言うだろうと思ってさ、ほら」
自分のベッドの下から、御園が袋を取り出す。黄色だけでなく白にオレンジ、銀色のパッケージも数本透けて見える。
「自分でも祝うつもりだったのか。用意がいい」
「いざとなったら、『卒業してもガンバレ俺!』って感じで飲むつもりだったんだけどな。もちろん、一之瀬も巻き込んで。そうならなくて、助かったよ。ほい、提案じゃなくて命令。今日の主役は俺だろ? 前も付き合ってやったじゃん」
「俺は別に頼んじゃいない。御園が勝手に…」
「じゃ! 俺の内定獲得を祝して、乾杯っ!!」
帆高の言い分を無視して、御園は持っていた缶を帆高の缶と突き合わせた。弾みで開いた注ぎ口からビールがこぼれそうになる。おっと、と御園が口を寄せる。
帆高も仕方なくチビチビと口をつける。冷たすぎず室温で飲みやすい。チューハイなんてジュースだろ? 飲んだ気がしないじゃん。御園の価値観とは、平行線のまま交わりはしないだろう。数ヶ月ぶりのアルコールは、即効性の毒物のように早くも帆高の全身に行き渡り始めている。
対照的な御園はいつしか名残惜しそうに缶を振り、上目遣いで帆高を見上げていた。そして、最後の悲鳴。喉を押さえて悶えるも、受け取った新たな缶は離さない。
すでにアルコール分5.5%の700mlが、御園の胃の中に収まっている。ささやかな悪戯心で冷やしておいたそれを、こうも短時間かつ連続で飲み干して大丈夫なのだろうか。さすがに心配にもなってくる。
帆高の懸念をよそに、御園の顔色は平常で腹を抱える素振りも無い。就職先が決まるまで断酒すると宣言し、今日まで就職活動に専念して有限実行してきた。御園ともあろう酒飲みが。殺せない神も仏も、御園の願いは聞き入れてくれたという訳か。
このハイテンションもハイペースは、内定獲得と就職活動からの解放と飲酒の解禁による3大要素から来ているのだろう。後々になって反動が腹に来ないといいのだが。二日酔いは…有り得ないか。
「で、どこに決まったんだ?」
「電化製品とかの部品作ってる会社で、そこの営業。40人規模の中小で知名度は低いけど、大手メーカーにも発注してて技術力は確か。勤務条件と内容もだけど、何より経営理念に共感できてさ。景気的に厳しくもなってくるだろうけど、ここなら頑張っていけるって思ってた。だから、すっげ嬉しい」
「良かったな。ゲームメーカーしか受けないって、言い張ってた時と大違いだ」
「自分でもそう思う。『仕事は好きなだけじゃ、やっていけない』面接で言われて、グサッときたもんな。しかも、そこ1次で落ちたし。かなりへこんだ。でもその一言が無かったら、一生就職できなかったかも。痛かったけど、あの人事さんには感謝だよ。だからあそこのソフト、いっぱい買おっと」
御園はほくほく顔で床に座ると、袋から乾物やら菓子やらを取り出す。缶を一旦テーブルに置いた時、半分乾いた音がした。帆高も座って封を開けるのを手伝ってやる。帆高の缶からの音は、重く篭っていた。
「…何かずれてるような気がするが。これも開けるのか?」
「おう。あと、それも。でも一之瀬は好きなことそのままの仕事できるから、すごいよな。それに、意外だった。一之瀬はてっきり先生とか公務員とかの、お堅い職業を選ぶかと思ってたから。あれって、女子が就くのが多いんじゃなかった?」