あたしが眠りにつく前に
「だな。資格の授業の講師で元それっていうのも、女性ばかりだったからな。受講者も8割方、女子だったか。そのイメージは合ってる」

「俺、その資格が大学(ここ)で取れること自体知らなかったんだよな。だから一之瀬が受けてるっての聞いても、何それって感じだった」

「全学部生、希望すれば誰でも受講できるんだよ。俺がここを志望したのも、それが理由の一つだった」

「マジで? 高校の時から、それになろうって決めてたわけ?」

 パチクリと瞬きをして、御園が軽く身を乗り出してくる。

「そうでもないな、ただ興味があったんだよ。直接進路に結びつけてはなかった。かなりの狭き門だって、何となく分かってたしな。おい、俺のことはどうでもいいから。主役はお前なんだろ? 今日ぐらい、できる限りで付き合う」

「お、太っ腹! そうこなくっちゃな!」

 傾けたチューハイは喉を潤す程度に留めておく。残り三分の二、顔は少し熱いが意識は正常。酔い知らずの御園に最後まで付き合えはしないが、今日一杯はもつだろう。

他の奴らも呼んでくるかと聞いたが、否と言われた。大勢で騒ぐより、いつものようにサシ飲みで只管飲み続ける方がいいらしい。共通の友人の寮生達の気質からして、ドンチャン騒ぎになるのは目に見えていた。

酒に弱い自分が相手では味気ないだろうとも聞いたが、飲める人間に張り合われて介抱させられる心配をするのはごめんだそうだ。

「宴会のノリで飲み比べを強制させられるのは、うんざりだ」

 酒に強いのも、色々と悩みがあるようだ。一之瀬は酔い方が大人しくて面白いから、楽しいんだよな。それには黙れと返しておいた。

 御園のリクエストでチーズの包み焼きを作って部屋に戻ると、時計は11時を指していた。湯気が立ち上る皿を置けば、1分かからずして御園が全て食い尽くした。

「こんな遅くに、よくそんなくどいの食えるな。俺は匂いだけでアウトだ。作ってて拷問に近かった」

「悪かったって。どうしても食いたくなっちゃってさ。サンキュ、すっげ美味かった」

「まあ、そんだけ食欲あれば心配ないか。お前、顔に似合わず神経細いから。面接ある日の朝とか、何も喉を通らないぐらいだしな」

「ここ1年で、5kgも痩せちまったんだよなあ。帰った時は、驚かれたな。妹なんて、『お兄ちゃん、やっと普通サイズになったね』って喜んじゃってさ。…かわいい妹のためにも、格好いい兄ちゃんを絶対キープしてやる」

 年の離れた妹がかわいくてならない兄バカは、デレデレと相好を崩す。弟だったら、こうはならないだろう。

同じく年の離れている姉だったら、自分のことをどう話すだろう。可愛がってくれていたが、彼女の性格からしてこんな腑抜けにはならないことは確かだ。

しばらく会ってはいないが、元気に飛び回っているに決まっている。そう確信させる人なのだ。

「神経と体格って一致しないもんなんだな」

「一之瀬だって神経質なの、人のこと言えないだろ。理由は知らないけど、ずっとまともに寝てないんだし」

「それはお前が夜中でも隣の机で志望動機やら自己PRやら念仏みたいに呟いて、履歴書失敗する度に叫んで迷惑極まりなかったからな。でもやっと、解放される」

 握っていた割り箸を置き、御園が帆高に向き直る。

「それもある。でも、それだけじゃない。一之瀬だって分かってるよな。就活を始める前、目が回るほど忙しくなる前…というより始めから。俺達が寮に入った最初の夜から、一之瀬は朝までぐっすり眠ったことなんて無かっただろ?」
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