あたしが眠りにつく前に
 照明と最近は使用していなかった暖房のスイッチもつける。目をやると、帆高は未だ窓に顔を向けていた。その手には一冊の絵本が握られている。

なぜ、そんなものを? 絵本は誰もが一度は読んだことのある童話で、新品には見えない。帆高はゆっくりと上着を羽織ると、再び絵本を手にとってベッドから立ち上がった。

音もなく自分の机の前に立つと、引き出しの中にしまう。その所作は壊れ物を扱うかのような、丁寧な所作だった。引き出しを閉めると、またベッドに戻って座り込む。絵本をしまう時以外は、まるでロボットのようだ。御園は思った。

 そういやカーテンをと、御園が窓辺に近寄ると後ろから声がかかった。

「全部は…閉めないでくれ。せめて、月が見えるように」

 そこで御園はようやく帆高を直視し、絶句した。青白い肌に無表情の声と顔、なのに目だけが妖しくぎらついていた。

「頼む」

「あ、ああ。分かった」

 帆高の要望に応え、窓の片面だけ閉める。空にかかる雲は大きくて厚く、月も星も埋もれてしまっていた。それでも帆高は意識も視線も窓の外へと飛ばし続ける。

 元から部屋に設置されている暖房は、機種が古いせいか稼動が遅い。早くしろよ、と御園は小さく舌打ちした。帆高はぼんやりと身動きしない。

熱でもあるんじゃないか? でも体は冷たく、頬は上気していない。薄着だったのに、身震いもしていなかった。一応は計ってみるべきかと思うも、自分は体温計など持っていない。

帆高はかなり薬を溜め込んでいて、くれるほどだった。持っているのか尋ねようと傍に寄り、近くにあったミニテーブルが目に入ると御園は目を疑った。

「…飲んでたのか?」

 テーブル上には、チューハイの缶。おそらく数日前の飲みかけだったもの。そして、もう1本。

「だいぶ抜けてたけど、飲めなくはなかった。…ビールって、すごく苦いのな。苦いのは好きだが、これは駄目だ。お前、よくこんなの飲めるよな」

 振った缶はどちらも一滴すら残っていなかった。近寄った時、微かに匂ったのは気のせいではなかったのだ。

これは酔っていると言えるのだろうか。一之瀬の状態は普通でいて異常だった。意識ははっきりしているのに、どこか地に足が着いていない不安定さがある。摂取したアルコールの許容量は余裕で超えているのに、疑問しか出てこない。

 とりあえず水を注いできて飲ませると、帆高の瞳のぎらつきは波のように引いた。

「悪かったな。俺は大丈夫だから、もう寝ろ」

「無理だって。一之瀬の大丈夫は当てになんないっての。あの時と同じ瞳してたぞ」

「あの時? いつの話だ」

「一之瀬が地元の葬儀から帰って来た時だよ。あの日のも凄くぎらついてて、人殺したような、おっかない瞳だった」

 御園が帆高と向き合う形で、隣のベッドに腰掛けるとギシリと軋んだ。

「お前のが酷いことしてくれただろうが。『いいから飲め』って、チューハイ2本無理に飲ませて沈めやがって。おかげで、翌朝は酷い目にあった。頭痛も吐き気も最大級で、お前には一生縁が無いだろうがな。仕返しで同じ目に合わせてやれないのが、腹が立つ」

「そう言うなよ。急性アル中で倒れないよう、時間かけて飲ませてやっただろ?」

「何で上から目線なんだよ」

「ああでもしないと、一睡もできなかっただろ。その1週間前から、碌に寝てなかったくせに。絶対、2桁いってなかったぞ」

 帆高の片眉が吊り上がる。痛いところを突かれた時の帆高の癖を、御園は見逃さなかった。

口元に手を当て、片膝を立てた帆高は何かを考えている様子だった。そして何かを悩んでいるようでもあり、口が小さく開閉する。
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