あたしが眠りにつく前に
「そんなに俺はやばかったのか」
「まあな。気力だけで動いてる感じで、いつ糸が切れてぶっ倒れてもおかしくなくて。沈めてでも寝かせなきゃ、まずいって焦ったよ」
「自覚無いな」
「殴られるの承知で、写真撮っとくべきだった。マジで瞳がイってたんだからさ」
「成功しても、お前の試みは無駄に終わっただろうよ。俺はどうにも、自分の目は分からない」
片手で軽く目を押さえ、すぐに手を離す。目は言葉よりも、感情を顕著に表すこともある。今の自分の目は、御園にどんな感情を表しているのか。そもそも自分が抱いている感情は何なのだろうか。感情を抱いてすらいるのだろうか。
ゴオッと熱風が吹き出す音が、本格的に音量を上げる。室温が上昇して温かさを感じる。さっきまでの部屋は、寒かったのだな。目に触れた手は、冷たかった。帆高はようやく気づいた。
「俺に言われたくは無いだろうけど一之瀬さ、病院行った方がいいんじゃないか?」
「は? 俺は別にどこも悪くない」
「そっちじゃなくて、その…精神の。不眠って、精神科や脳外科だっけ? そういうとこに」
気まずそうに御園は、一瞬目を伏せた。お前は病んでいるとの宣告に、帆高は驚きはしなかった。憤りも悲嘆も無く、ああそうなんだなと。心の針がどこにも振れない。
「一之瀬、ほとんど毎日、夜中に目が覚めるよな。最初の頃は俺の鼾のせいとか部屋に他に誰かいると眠れないタイプかってのも思ったけど、そうでもないよな。慣れたって言ってたし、個室もあるんだし」
慣れとは恐ろしいもので御園の鼾は扇風機の風音のように、音はしても不快ではない感覚に定着している。
相室に関しては我慢の問題ではなく、慣れようにも慣れないものだ。どうにも嫌だったら、金に糸目をつける余裕は無い。他の費用を削って生活が厳しくなってもである。
「ああ。御園のせいなんかじゃない。俺自身の問題だ。徹夜常習犯なだけに、よく知ってるな」
「相棒達が寂しがって、なかなか寝かせてくれないからな。そんで酷い時は跳ね起きたり、変な音で呼吸してたり。気づかない振りしてるの、なかなか辛かったんだからな」
‘重度’は一月に一度あるか無いかだ。毎回、御園は鼾か大きな寝息を立てていた。とんだ役者なのか、起こしてしまっていたのか。
帆高の額に皺が寄ると、御園は困ったように苦笑(わら)う。
「気づいてたなら、何で黙ってたんだよ」
「だって言ったら、何が何でも一之瀬は出てくじゃん。俺は迷惑でも追い出すつもりもなかった。引き止めても、押さえ込んで隠そうとして自分を追い詰めるだろ。人に弱みを見せない人間だからなあ、一之瀬は」
「俺の思考パターンはお見通しってことか」
「伊達に何年も、同じ部屋で寝起きしてないっての。で、さっきの瞳を見たら、いい加減言わなきゃって思ったんだよ。前回も思ったんだけど、寝かせるのが最優先でそれどころじゃなかった。朝になったら普通になってて、タイミング逃しちまった。なあ、一之瀬。このままだと壊れるぞ」
「大丈夫だ、これ以上は壊れはしない」
すっくと立ち上がると、帆高は吸い寄せられるように窓辺へと歩む。御園が振り返った先の窓の外では、月が雲を押し分けて半分ほど姿を現していた。
「まあな。気力だけで動いてる感じで、いつ糸が切れてぶっ倒れてもおかしくなくて。沈めてでも寝かせなきゃ、まずいって焦ったよ」
「自覚無いな」
「殴られるの承知で、写真撮っとくべきだった。マジで瞳がイってたんだからさ」
「成功しても、お前の試みは無駄に終わっただろうよ。俺はどうにも、自分の目は分からない」
片手で軽く目を押さえ、すぐに手を離す。目は言葉よりも、感情を顕著に表すこともある。今の自分の目は、御園にどんな感情を表しているのか。そもそも自分が抱いている感情は何なのだろうか。感情を抱いてすらいるのだろうか。
ゴオッと熱風が吹き出す音が、本格的に音量を上げる。室温が上昇して温かさを感じる。さっきまでの部屋は、寒かったのだな。目に触れた手は、冷たかった。帆高はようやく気づいた。
「俺に言われたくは無いだろうけど一之瀬さ、病院行った方がいいんじゃないか?」
「は? 俺は別にどこも悪くない」
「そっちじゃなくて、その…精神の。不眠って、精神科や脳外科だっけ? そういうとこに」
気まずそうに御園は、一瞬目を伏せた。お前は病んでいるとの宣告に、帆高は驚きはしなかった。憤りも悲嘆も無く、ああそうなんだなと。心の針がどこにも振れない。
「一之瀬、ほとんど毎日、夜中に目が覚めるよな。最初の頃は俺の鼾のせいとか部屋に他に誰かいると眠れないタイプかってのも思ったけど、そうでもないよな。慣れたって言ってたし、個室もあるんだし」
慣れとは恐ろしいもので御園の鼾は扇風機の風音のように、音はしても不快ではない感覚に定着している。
相室に関しては我慢の問題ではなく、慣れようにも慣れないものだ。どうにも嫌だったら、金に糸目をつける余裕は無い。他の費用を削って生活が厳しくなってもである。
「ああ。御園のせいなんかじゃない。俺自身の問題だ。徹夜常習犯なだけに、よく知ってるな」
「相棒達が寂しがって、なかなか寝かせてくれないからな。そんで酷い時は跳ね起きたり、変な音で呼吸してたり。気づかない振りしてるの、なかなか辛かったんだからな」
‘重度’は一月に一度あるか無いかだ。毎回、御園は鼾か大きな寝息を立てていた。とんだ役者なのか、起こしてしまっていたのか。
帆高の額に皺が寄ると、御園は困ったように苦笑(わら)う。
「気づいてたなら、何で黙ってたんだよ」
「だって言ったら、何が何でも一之瀬は出てくじゃん。俺は迷惑でも追い出すつもりもなかった。引き止めても、押さえ込んで隠そうとして自分を追い詰めるだろ。人に弱みを見せない人間だからなあ、一之瀬は」
「俺の思考パターンはお見通しってことか」
「伊達に何年も、同じ部屋で寝起きしてないっての。で、さっきの瞳を見たら、いい加減言わなきゃって思ったんだよ。前回も思ったんだけど、寝かせるのが最優先でそれどころじゃなかった。朝になったら普通になってて、タイミング逃しちまった。なあ、一之瀬。このままだと壊れるぞ」
「大丈夫だ、これ以上は壊れはしない」
すっくと立ち上がると、帆高は吸い寄せられるように窓辺へと歩む。御園が振り返った先の窓の外では、月が雲を押し分けて半分ほど姿を現していた。