あたしが眠りにつく前に
「今日は満月だ。しかも紅い。あの夜と同じで、狂わずにはいられない」
窓ガラスに背を預ける帆高の顔も声も、恍惚としていた。室内は照明で明るいのに、月明かりを背に受ける帆高の全身だけは白く浮かび上がっているようだった。
御園は照明のスイッチを一瞥した。もしも消したら、一之瀬も闇に紛れて消えてしまうかもしれない。そう刹那に思った己を、すぐにバカかと罵倒する。
「御園の言うとおりだ。葬儀があった日の俺は、おかしかった。やっぱり御園のしたことは正解だったな。でないと、体まで壊れてた」
「…亡くなったの、高校の同級生だったか?」
「幼稚園の頃からの幼馴染で、小中高と一緒だった。親友だって、あいつは言った。俺にとっても、そうだった。…でも俺は、それだけじゃ収まらなかった」
女の子、だったのか。御園の呟きに、帆高は妖艶に微笑んだ。しかし瞳は哭いているかのように、寂しく悲しい光を宿していた。
帰ってきた時の帆高の様子と葬儀の数日前からの極端な不眠の原因は、その同級生の死の影響だということは御園にも分かっていた。
しかしその友人が異性であり、関係の度合いが深くて少なくとも一之瀬の方は特別な感情を抱いていたことは、御園には初耳だった。
しかも今までの帰省は帰宅は表向きの理由で、実際は彼女のいる病院に通っていたという。怒涛の勢いで飛び出してくる事実に、御園は眩暈がしそうだった。そして結び目が解けるように、何もかもが納得できた。
「一之瀬がずっと眠れない原因は、その子なんだな」
人の死に直面したことの無い御園は、多分という曖昧な予想しかできない。身内ならともかく、他人だったなら引きずることは無いだろうと思う。
高校の同級生という同じくくりでも、関係性の濃淡で受け止め方は違ってはくる。友達100人なんて夢の話で、全ての同級生と友人になることなど有り得はしない。
顔や名前を知っている程度、それらすら知らない。そんな希薄な関係性は、同学年内での狭い環境でゴロゴロと転がっている。だから自分とあまり関わりの無い人間の死を知った所で、「かわいそうだな」とかの関係性と比例した淡白な感慨しか持てない。
親しくしていた友人だとしても、立ち直れないことはないだろう。悲しくて悔しくて、っもういないのだという残酷な現実に涙を流しても。思い出に変わった個人との記憶を胸に、また歩いていく。
だからこそ、葬儀の後も続く帆高の不眠は、その友人の死とは関係してはいないとみなしていた。翌朝の帆高の瞳に昨夜の名残は無く、笑いもしたし冗談も言った。
しかしそれが普通の皮を被った異常だったとしたら。‘一之瀬は誰にも弱みを見せない。’本当はずっと、彼女の死を引きずっていたのだとしたら。
何もおかしくは無いだろう。一之瀬にとって、その同級生は只の他人ではなかった。幼馴染であり親友でもあり、愛しい存在だった。3人の大切な人間を、一度に失った。そう言っても過言ではなかったのだ。
凶悪な瞳の色は、彼女への哀悼か己の絶望によるものか。今日もまた、彼は彼女(ゆめ)を視る。
「眠ることで、救われたくはない。安らぎたくもない。肯定なんて、してたまるか。忌まわしくて、虫唾が走る。眠りたくなんか、ないんだよ」
帆高の瞳は静かに燃えていた。一見すると、青い炎。しかしより深くと覗き込めば、紅蓮の炎が見る者を焼き尽くそうとばかりに燃え盛る。
窓ガラスに背を預ける帆高の顔も声も、恍惚としていた。室内は照明で明るいのに、月明かりを背に受ける帆高の全身だけは白く浮かび上がっているようだった。
御園は照明のスイッチを一瞥した。もしも消したら、一之瀬も闇に紛れて消えてしまうかもしれない。そう刹那に思った己を、すぐにバカかと罵倒する。
「御園の言うとおりだ。葬儀があった日の俺は、おかしかった。やっぱり御園のしたことは正解だったな。でないと、体まで壊れてた」
「…亡くなったの、高校の同級生だったか?」
「幼稚園の頃からの幼馴染で、小中高と一緒だった。親友だって、あいつは言った。俺にとっても、そうだった。…でも俺は、それだけじゃ収まらなかった」
女の子、だったのか。御園の呟きに、帆高は妖艶に微笑んだ。しかし瞳は哭いているかのように、寂しく悲しい光を宿していた。
帰ってきた時の帆高の様子と葬儀の数日前からの極端な不眠の原因は、その同級生の死の影響だということは御園にも分かっていた。
しかしその友人が異性であり、関係の度合いが深くて少なくとも一之瀬の方は特別な感情を抱いていたことは、御園には初耳だった。
しかも今までの帰省は帰宅は表向きの理由で、実際は彼女のいる病院に通っていたという。怒涛の勢いで飛び出してくる事実に、御園は眩暈がしそうだった。そして結び目が解けるように、何もかもが納得できた。
「一之瀬がずっと眠れない原因は、その子なんだな」
人の死に直面したことの無い御園は、多分という曖昧な予想しかできない。身内ならともかく、他人だったなら引きずることは無いだろうと思う。
高校の同級生という同じくくりでも、関係性の濃淡で受け止め方は違ってはくる。友達100人なんて夢の話で、全ての同級生と友人になることなど有り得はしない。
顔や名前を知っている程度、それらすら知らない。そんな希薄な関係性は、同学年内での狭い環境でゴロゴロと転がっている。だから自分とあまり関わりの無い人間の死を知った所で、「かわいそうだな」とかの関係性と比例した淡白な感慨しか持てない。
親しくしていた友人だとしても、立ち直れないことはないだろう。悲しくて悔しくて、っもういないのだという残酷な現実に涙を流しても。思い出に変わった個人との記憶を胸に、また歩いていく。
だからこそ、葬儀の後も続く帆高の不眠は、その友人の死とは関係してはいないとみなしていた。翌朝の帆高の瞳に昨夜の名残は無く、笑いもしたし冗談も言った。
しかしそれが普通の皮を被った異常だったとしたら。‘一之瀬は誰にも弱みを見せない。’本当はずっと、彼女の死を引きずっていたのだとしたら。
何もおかしくは無いだろう。一之瀬にとって、その同級生は只の他人ではなかった。幼馴染であり親友でもあり、愛しい存在だった。3人の大切な人間を、一度に失った。そう言っても過言ではなかったのだ。
凶悪な瞳の色は、彼女への哀悼か己の絶望によるものか。今日もまた、彼は彼女(ゆめ)を視る。
「眠ることで、救われたくはない。安らぎたくもない。肯定なんて、してたまるか。忌まわしくて、虫唾が走る。眠りたくなんか、ないんだよ」
帆高の瞳は静かに燃えていた。一見すると、青い炎。しかしより深くと覗き込めば、紅蓮の炎が見る者を焼き尽くそうとばかりに燃え盛る。