あたしが眠りにつく前に
けたたましいクラクションが鼓膜に直撃し、帆高はゆるゆると目を開けた。音のした方角は、少し離れた交差点を車の波が青信号を次々と通過していく風景でしかなった。
横断歩道を渡りきる人がいたのか、前の車が中々発車しなかったからか。どちらにせよ、こんな朝っぱらから、騒音を出すのはよろしくない。先ほどのは軽く注意を促す程度ではなく長押した過剰警告だった。
警告した方もされた方も、すでに帆高の視界から消えうせていた。互いに腹立たしく思っていても、各々の行く手に辿り着いて日常に身を任せてしまえば、綺麗さっぱりと失念してしまうだろう。
昨日は、このまま寝てしまったのか。いや、日付は変わっていたのだから今日というべきか。凭れかかっていた窓ガラスに触れてみれば、無機質な冷たさが神経を刺激する。
寮の前の道路では、まだまだ厚手の上着を羽織った人々が行過ぎていく。昨日の天気予報で、午前中は真冬のように冷え込むと言っていたのを思い出す。
ガラスから外の冷気は伝わってくるが、それにしても寒くない。そこで帆高は自身に毛布がかけられているのに気がついた。耳を澄ませば安定した噴出音。部屋の中央に移動すれば、もっと温かいだろう。
降り注ぐ光はほぼ真上からで、太陽が高い位置にある。まさか、と毛布を取り払って立ち上がると、鋭い頭の痛みに襲われて帆高は呻いた。
頭を押さえながら部屋を見回すと、同室の住人の姿は無かった。帆高はだるい体を引きずって、机に置いたままだった携帯電話を確認する。時刻は午前11時に指しかかろうとしていた。
「眠りたくない」とほざいておきながら、こんな時間まで熟睡していたものだ。今の今まで、一度も目は覚めなかった。かなり深く眠り込んでいたらしい。
憤りを通り越して、呆れてしまう。
胃の中がムカムカとして、酷く喉が渇く。毛布をベッドに投げて玄関に向かいかけると、テーブルに半透明のビニール袋が置かれていた。
そのままにしていた空き缶は片付けられ、袋は寮近くにあるコンビニのものだ。中を除くと水とスポーツドリンクのペットボトル、インスタントの蜆の味噌汁に梅のおにぎりが入っていた。
珠結の葬儀の翌朝も、御園は珍しく早起きをして同じ品揃えを用意してくれていた。母が帰郷の度に持たせる土産の中に二日酔いの薬は無い。自分達両親が強いものだから息子の帆高も、と思っているからか。
父からは成人したことだから一杯酌み交わそうと持ちかけられているが、誤魔化しはぐらかしで逃げている。期待に応えられず、親不孝で申し訳ない。
ともかく翌日に響くほどの深酒ができないため、何の用意もしていなかった帆高にとって御園の心遣いはとても有難かった。布団から頭が上がらない程の頭痛と吐き気に悶える帆高には御園が蒔いた種のせいだと咎めるゆとりは無く、好意に甘えるのが先決だった。
ゾンビのような足取りで自炊室に向かい、カップ味噌汁にお湯を注ごうにもポットからはガポゴポと霧しか出てこなかった。蓋を開ければ湯は1cm程しか入っていない。使ったら足せよと腹を立てる気力は、帆高には残っていなかった。
湯を沸かしている間に便所に寄り、戻った時には保温の赤いランプが付いていた。部屋に戻ると部屋を出る前に開封していた水を飲み干してから、味噌汁の蓋を開ける。
味噌の香りと風味は、食べ物は見たくもないぐらいだった帆高の胃のむかつきを優しく取り除いていく。天然素材主義な家庭で育った帆高にはインスタント食品は口に馴染まないものだったが、この時ばかりは心底美味しいと思えた。
そういえば昨日は夕食を食べていなかった。吐き気はすれど便所では何も出てこなかったし、胃の不快感は空腹のせいでもあったか。納得しているうちに、帆高は最後の蜆の肉を飲み下した。
横断歩道を渡りきる人がいたのか、前の車が中々発車しなかったからか。どちらにせよ、こんな朝っぱらから、騒音を出すのはよろしくない。先ほどのは軽く注意を促す程度ではなく長押した過剰警告だった。
警告した方もされた方も、すでに帆高の視界から消えうせていた。互いに腹立たしく思っていても、各々の行く手に辿り着いて日常に身を任せてしまえば、綺麗さっぱりと失念してしまうだろう。
昨日は、このまま寝てしまったのか。いや、日付は変わっていたのだから今日というべきか。凭れかかっていた窓ガラスに触れてみれば、無機質な冷たさが神経を刺激する。
寮の前の道路では、まだまだ厚手の上着を羽織った人々が行過ぎていく。昨日の天気予報で、午前中は真冬のように冷え込むと言っていたのを思い出す。
ガラスから外の冷気は伝わってくるが、それにしても寒くない。そこで帆高は自身に毛布がかけられているのに気がついた。耳を澄ませば安定した噴出音。部屋の中央に移動すれば、もっと温かいだろう。
降り注ぐ光はほぼ真上からで、太陽が高い位置にある。まさか、と毛布を取り払って立ち上がると、鋭い頭の痛みに襲われて帆高は呻いた。
頭を押さえながら部屋を見回すと、同室の住人の姿は無かった。帆高はだるい体を引きずって、机に置いたままだった携帯電話を確認する。時刻は午前11時に指しかかろうとしていた。
「眠りたくない」とほざいておきながら、こんな時間まで熟睡していたものだ。今の今まで、一度も目は覚めなかった。かなり深く眠り込んでいたらしい。
憤りを通り越して、呆れてしまう。
胃の中がムカムカとして、酷く喉が渇く。毛布をベッドに投げて玄関に向かいかけると、テーブルに半透明のビニール袋が置かれていた。
そのままにしていた空き缶は片付けられ、袋は寮近くにあるコンビニのものだ。中を除くと水とスポーツドリンクのペットボトル、インスタントの蜆の味噌汁に梅のおにぎりが入っていた。
珠結の葬儀の翌朝も、御園は珍しく早起きをして同じ品揃えを用意してくれていた。母が帰郷の度に持たせる土産の中に二日酔いの薬は無い。自分達両親が強いものだから息子の帆高も、と思っているからか。
父からは成人したことだから一杯酌み交わそうと持ちかけられているが、誤魔化しはぐらかしで逃げている。期待に応えられず、親不孝で申し訳ない。
ともかく翌日に響くほどの深酒ができないため、何の用意もしていなかった帆高にとって御園の心遣いはとても有難かった。布団から頭が上がらない程の頭痛と吐き気に悶える帆高には御園が蒔いた種のせいだと咎めるゆとりは無く、好意に甘えるのが先決だった。
ゾンビのような足取りで自炊室に向かい、カップ味噌汁にお湯を注ごうにもポットからはガポゴポと霧しか出てこなかった。蓋を開ければ湯は1cm程しか入っていない。使ったら足せよと腹を立てる気力は、帆高には残っていなかった。
湯を沸かしている間に便所に寄り、戻った時には保温の赤いランプが付いていた。部屋に戻ると部屋を出る前に開封していた水を飲み干してから、味噌汁の蓋を開ける。
味噌の香りと風味は、食べ物は見たくもないぐらいだった帆高の胃のむかつきを優しく取り除いていく。天然素材主義な家庭で育った帆高にはインスタント食品は口に馴染まないものだったが、この時ばかりは心底美味しいと思えた。
そういえば昨日は夕食を食べていなかった。吐き気はすれど便所では何も出てこなかったし、胃の不快感は空腹のせいでもあったか。納得しているうちに、帆高は最後の蜆の肉を飲み下した。