あたしが眠りにつく前に
『あいつ、偉そうでムカつくんだよな。つるんでるのは、都合がいいからに決まってるだろ。先生とか女子受けがいいからさ』

『俺があの子のこと好きだって、知ってただろ!? 断りながら俺のこと、心の中でバカにしてたんだろ!!』

 中学時代の友人だった二人は、そう拒絶した。信じていただけに、一時は人間不信に陥った。そして、悟った。心など、あっけなく変わってしまうものだと。友情など、いずれは無残に砕けてしまうものだと。

しかし珠結はあの二人も女々しく嘆く自分も責めずに、弱った心を抱きしめてくれた。情けない部分を見せても、珠結はその後も傍にいて支えてくれた。

あの悪夢を忘れた訳ではない。だが、もう恐れない。人の心に不変は約束できないけれど、変わらなかった珠結を思えば友情というものを信じてみる気になった。

 彼らを、信じている。その気持ちは事実で、それだけで事足りるのだ。変わるものだと疑っていては、彼らを見下しているというものだろう。後先など気にしてられない、その時はその時だ。少しは年相応に大人になれているだろうか。

 大切な存在がいる。そんな日常を、この世界を愛することができる。自分は人に恵まれている。君はかつて言っていた。自分も、そう思える。だからこそ―――

 測定完了音が鳴るまで、あと4秒。39℃を突入していたと判明するまで、あと9秒。やれ病院だ、やれ早く寝ろとのお祭り騒ぎまで、あと十数秒。帆高の雷が落ちるまで、あと30秒ちょっと。

自分は、幸せだ。帆高が再認識するまで、それからあともう少し。

 帆高の鋭い眼光は、すでに影を潜めていた。しかし瞳の奥の狂気は消えることなく、強い眼差しを演出する。

普通を装い、異常を内に秘め、狂者(かれ)は今日もまた幻に焦がれて日常を流離い歩く。

 光の中で風が吹き付ける。カタン。窓が鳴った。
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