あたしが眠りにつく前に
 机に臥せっていた上体を起こすと、真っ先に驚き顔の帆高と目が合った。

「…お、自力で起きたんだ。おはよ、よく寝られたか?」

「お、はよ。うん、だいぶスッキリしたから割と熟睡できてたみたい」

 自然と目が覚めるなんて滅多に無いことだ。こんな短時間なら尚更のこと。帆高の反応から、まだ約束の20分は経っていなかったらしい。

 珠結は目を擦り、乱れていた前髪や横の髪を手櫛で整える。腰近くまでの長さで猫っ毛のため、変な寝方をした時などはよく絡まってしまっている。
それでもこの茶色がかった父親譲りの髪は珠結の自慢であり、唯一の繋がりでもある。

「起こし方、少しは考えてたのにな。いや、予想外予想外」

「…それ以上は聞きたくないからね。嫌な予感しかしないから」

「心外だな。それよりあと2分弱あるけど、寝直すなんて言わないよな」

 ストップウォッチの画面を見ながら、帆高は有無を言わせないことを前提に尋ねる。
 
「さすがに、もう起きるよ。…ねぇ、今誰かと話してた?」

「あぁ、クラスの違う同じ委員会の人。向こうは友達探してる最中だったみたいで、少しだけな。聞こえてたんだ」

 ‘人’というより‘コ’だ。辺りにはコロンのものらしき、ストロベリーの残り香がほんのりと漂っている。イチゴオレが連想されて、急に喉が渇いてくる。まぁ、それはともかくとして。

 何を話していたんだろう。人の会話の内容など個人的なもので、気にすべきことでもなく追求しても良いことでもない。なのに今、聞きたいと思っているのはなぜだろう。

いくらなんでも全ての時間を共にしているのではない。家庭や休日、委員会のように自分のいない所で何をしているかの把握は不可能。

人間関係もまたしかりで、自分の知らない友人や知人がいたって何も不思議なことではない。世界は広い。そんな当たり前のことを気に留める必要なんて無いだろうに。

 まったく、何なのだろう。このむず痒いような、のどに小骨がひっかったような不思議な感覚は。ああもう。

「…何うんうん唸ってんの? 変な物でも食ったのか」

「な…! んな訳ないでしょ、散歩中の犬の拾い食いじゃあるまいし。はいはい、さっさとプリントに戻りますよ」

「その前にさ、珠結に改めて頼みたいんだけど」
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