あたしが眠りにつく前に
†あたしが眠りにつく前に†

*‘日常’それはあまりにも愛おしく

 バシン

 頭に何かがぶつかってきたらしい。鈍い痛みが神経を通して脳に訴えかける。重い瞼を開け、“彼女”はゆるゆると机から顔を上げた。

「おはよう、永峰。よく眠れたか?」

 寝起きで霞んだ視界で真っ先に認めたのは、ジロリと見下ろしてくる無精髭を生やした中年男。

右手には厚さ5cmの教科書らしき青い本。凶器はそれだと否が応でも分かった。本とは読むべきものであって、人を殴るためのものではないだろうに。

「…おはよーございます。って、何でいるんですか? 現国の時間に」

「アホウ。今は数学の時間に決まってるからだろうが」

 なるほど、もうそんな時間だったのか。周囲からクスクスと忍び笑いがもれてくる。クラス中の視線が自分に集まっているのは間違いない。

「あ~、てっきり先生が職員室から追放されて出戻ってきたかと…」

 バシッ

 先程よりもスピード・攻撃力・効果音の大きさが上がっている気がしたのは、意識がはっきりしてきたからにすぎないからだろうか。

「いった! ちょ、二発も殴らなくても。暴力教師反対っ」

 被害者の彼女は叩かれた頭をさすり、加害者の教師を恨めしく見上げる。

「だまれ、この問題児。通知表、1つけるぞ?」

「わ、職権乱用だ。 横暴っ!」

「お前がそんなことを言える立場か!」

 とうとう笑いは教室中に波及し、数学教師はわざとらしいほどの大きな溜息をついた。しかし言葉とは裏腹に、顔に怒りの気色はみられない。

 なぜなら彼女の居眠りは日常茶飯事のことで、毎回真剣に叱っていたら身が持たないからである。

それは他の教師達も同様であり、最初の頃こそきつく注意するも彼女の居眠りは一向に直らないままだ。よって誰もが諦めて叱責は無くなり、教師によってはある程度の黙認までされている。

「ずっと爆睡してるとは聞いてたが、まさか現国からとはな。もう十分だろ?」

「ん~まぁ、お蔭様で」

 時計を見ると授業終了まであと15分を切っている。よく言えばその寛大さに拍手するも、悪く言えば教育者がこんなざっくばらんでいいのか。何はともかく、今回は結構長く眠れたため万々歳とする。

「じゃ、さっそくこれ解いてみろ」

「は~い」

 黒板を一瞥し、彼女間延びした返事をもって素直に従う。

指し示されたのは基本中の基本の計算問題。もしこれが発展問題であったら敵前逃亡と白旗宣言のどちらを選ぼうか真剣に悩んだだろう。

まだ眠い目をこすり、生欠伸を一つ。そして隣の席でニヤニヤする友人を軽く睨んで、彼女は席を立った。
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