あたしが眠りにつく前に
 帆高は幼馴染であり、友人でありながら保護者的存在でもあった。意地悪を言いながらも、困った時はいつだって助けてくれた。そこに見返りを求められたことは無い。

だからこそ、それはある日突然現われた弟妹に、親の愛情を取られたと感じる幼いお姉ちゃんの心情と同じもの。子どもだな、と呆れてしまう。

 帆高に恋人ができた時は、きっと心にポカッと大きな穴が空くだろう。半身を失ったような深い喪失感がしばらく付きまとうだろう。

それでも自分に課した宣誓と祈願は嘘ではない。イイ子ぶった偽善でも厳重に張り巡らした意地でもない。

 ただ親友として純粋に、帆高の幸せを願っている。幸せになってくれれば、それだけでいい。

 ピピピピピッ

 けたたましいアラーム音が珠結のセンチメンタルに否応無く割り込んできた。

「あ、残り15分か。てなわけで、予定変更して3倍速で。じゃあ、頑張れ」

「ええぇ!? このタイムロスの原因は帆高が持ち出したんでしょ!!? 何平然と放り投げてくれてんのよおぉぉ!!!」

 珠結の悲鳴にも近い叫びを介せず、帆高は教卓に歩を向けた。数歩行った所で振り返る。

「ほら、吠えてる暇があったら1問解けるだろ。Time and tide wait for no man.And,Time flies like an arrow.」

 やけに発音のいい英語にポカンとしていると、帆高の瞳が珠結を射すくめる。すぐに我に返ってシャープペンシルを握り直す。

何とか聞き取れたTimeは2回も持ち出され、どうせ「時間が勿体ないから、とっととやれ」の意味合いだろう。タイムイズマネーしか言えない自分への厭味に他ならない。

 地獄に堕ちろ、薄情の罪で閻魔様に舌を抜かれてしまえ。いや、あの刑罰は嘘つき限定だったか。ちくしょう。

という呪詛を実際に唱える島も無く、珠結は頭の中を勉強モードに切り替えるため周囲の音という音を完全にシャットアウトした。
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