あたしが眠りにつく前に
 どういう事か人に遭遇せず、珠結は拷問とも呼べる2度もの階段下りを1人で突破しなければならなかった。

下駄箱に寄るのも靴を履き替えるのも面倒なため、上履きのまま昇降口を出る。大した距離を歩くのではないから、土は後ではたくことにする。行ったばかりの焼却炉の前を横切り、1分も歩けば建物は見えてきた。

 倉庫は体育館や運動場とは正反対の位置にあるため、人の姿は見えず声も届かない。そもそも昼休みや清掃時以外で、こんな敷地の片隅に生徒達が寄り付くことはない。

さらに周囲には、林予備軍と言えるほどに木が植えられている。不気味に感じられるほど暗くはないが、この時間帯に好き好んで来るような場所ではないことは確かだ。

 初めて来たが、こんなに静かだとは思わなかった。夏の間は校舎内にまで蝉の声が届いて、うんざりするほどだったというのに。今はその騒がしさが恋しくなるほど心細く感じられる。

どう考えても、女生徒一人を大荷物付きで寄越すような場所ではないだろう。どういう思考回路を持っているのだ、あの男は。

…憤っていても仕方がない。割り切りの良さは、誇れる数少ない褒め所だ。

 倉庫まであと30m程という所で、ふと人の話し声が聞こえてきた。

こんな時間に? いったい誰が?

 反射的に足を止め、珠結は眉を顰める。そして音を立てないようにゆっくり歩き出す。自分は別に疚しいことをしている訳ではないのだが、気付かれないほうがいいという警告に近い直感が働いた。

 ある程度接近して箱を持つ手に限界が来た所で、珠結はそっと木陰に身を潜めた。怪しいことをしていると分かっているも、これも直感によるものだった。

慎重に箱を置いてから、珠結は声のする方を覗く。木に隠れて遠目では見えなかった人の姿を認め、…落胆する。

 今日は厄日。確かにそうみたいだ。しかしながら一日はまだ終わっていない。災難は一日に何個までというアホらしい規則がどこにあるというのか。ええ、あるはずがないとも。

 身勝手なパシリの時点で終了したと思った。しかしそれは、あくまで思い込みに過ぎなかった。実は今置かれたこの状況こそが、本日最大の厄。そう思い知った珠結は、今日だけで何度吐いたか知れない溜息をこぼした。
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