あたしが眠りにつく前に
「……は?」

 予想外の反応だったのだろう、帆高の口からは間の抜けた声が漏れた。珠結は所持確認のために取り出した倉庫の鍵を落としかけた。体の向きを変えて、再び覗き込む。

「お願い、チャンスが欲しいの。どうしても好きだし、簡単に諦めたくないから」

 ここまで食い下がるとは、よほど帆高への想いは本気なのだ。帆高が自分を大切な女の子として見てくれるために、確実ではない手段に望みを賭けて努力する。たとえ希望が見えなくても、自分が傷つくことになるとしても。

彼女は、揺るがない。

「ごめん、それはできない。そういう中途半端な気持ちで始めても、そっちを無意味に傷つけるだけだ。…俺は仲間として好きだよ、一目も置いてる。だから、できれば今まで通りの関係でいたい。普段の会話や人柄に接した上で、そう思うんだ」

「…つまり、私には一之瀬君を惹きつけるほどの魅力は無いって事なのね。どうしても、今後も同級生以上には見られないの? それは…絶対に?」

 帆高はただ頷き、彼女は俯いて唇をかみ締める。その肩はかすかに震えている。

彼は優しい。言葉の一つ一つが彼女をできる限り傷つけないようにと、彼女にそっと語りかける。しかし彼女の想いは決して受け入れようとせず、哀願とも呼べる小さな望みも退けた。

中途半端な優しさと同情は、かえって彼女を弄んで踏みにじることになる。帆高はそれをちゃんと弁えていた。彼なりの誠実さもまた、揺らぐことは無い。

「…せめて」

 彼女が顔を上げる。そこには数秒前までの泣きそうな表情は刻まれていなかった。強く見据えられ、帆高は意外な顔をする。二人の表情はよく見えないものの、珠結は彼女の一言の中に‘何か’を感じて、鍵を握る手に力が入った。

「一之瀬君は前、『人の気持ちは変わるもの』って言ってたよね。それなのに、私はずっと恋愛対象外だと断言するのは矛盾してると思う。…これは例外だって言うんなら、せめてその根拠を教えて。不確かな未来の可能性を、すでに否定する理由。‘今’にあるんでしょ?」

 今度は帆高が沈黙する番だった。二人はこのうえ何を話し出すというのか。何となく、息苦しい。

「……誰よりも側にいたいヤツがいる」

「…それって、永峰さんのことだよね」
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