あたしが眠りにつく前に
「ひっ……!」

 彼女の口から引きつった声が漏れる。赤らんでいた顔は急激に青ざめ、全身がわなわなと震えだす。強気に満ちていた瞳からは涙が後から後から溢れていく。

 魔眼の真の力、発動。帆高の中の制御リミッターが振り切れ、完全に怒り心頭に発した状態。今度は珠結が帆高の背中しか見えない。しかし彼女の脅え切った様子を見れば一目瞭然だった。

「つまりは疫病神な女なんか切り捨てて、まともな自分を選べって洗脳したいの?」

「…そ、そうじゃなくて! ただ私は一之瀬君のためを…」

「黙って聞いてれば調子の良いこと羅列しやがって。俺のためって言っておきながら、実際は自分のことしか考えてないよな。そーいう、御為倒しは虫唾が走る。俺達について、上から目線で指図される筋合いは一切無い。今すぐ失せろ」

「ひ、ひどい。一之瀬君がそんなこと言う人だなんて…」

 普段からは想定できない、乱暴な言葉と殺気に等しい気配。懸命に搾り出した言葉は、彼女にとっての悪夢を長引かせるだけに過ぎない。

「ひどい? そっちにそんなこと言える権利があると思ってるの? だいたい、さっき言ってた‘皆’って誰のこと? まさか仲良しこよしのオトモダチ連中じゃないだろうな。そうじゃないなら、噂してた奴ら一人残らず教えろよ。直接追及して、くだらない口を利けないようにしてやるから」

 彼女のしゃくりあげる声が珠結の鼓膜を切り裂かんばかりに震わせる。お願いだから、もうやめて帆高。

だが彼は敵を徹底的に叩き潰す。たとえそれが、女であっても。

「幻滅した? でも、これが俺の本性なんでね。体の良い上っ面しか見てなかったんだから、これで目が覚めて良かったんじゃないの。…なんで俺が、ここまでキレてんるか分からないって顔だな。要は地雷を踏んだんだよ、超特大級のを。永峰珠結は勉強も運動も人並みで生活態度に問題有りで、優秀なあんたにとっては取るに足りない人間かもしれない。だけどそれが何だって言うんだ? 昔からあいつにはできることに制限があった。それでも少しでも周りに追いつけるように、迷惑をかけないようにと陰で必死に努力してきた。そんなあいつの何も知らないくせに、自分の主張のために引き合いに出して貶めて。まともな人間のすることじゃないだろ」


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