あたしが眠りにつく前に
 足を一歩踏み入れると、真上には燃えているかのごとき鮮やかな夕焼け空が広がっていた。前方から照らし付ける真っ赤な太陽の眩しさに、彼女は思わず目を細めた。

手をかざすと、前方の光の中に一つの人影を認める。フェンスにもたれかかり、真下の運動場を見下ろしているようだ。

 この高校の屋上は元々は立入禁止とされ、通常は鍵がかかっている。にも拘わらず彼女が先ほど何の問題も無く入れたのは、その人物が前もって開けておいてくれたからである。

 …そうだ。彼女はニヤリと、足音を忍ばせてそろそろと歩みだす。相手はまだ彼女の存在に気付いていない。ある程度の距離に近づいたところで、ワッと叫ぼうとしたその直後、突然相手が振り返った。

「俺にその手は通じない。いつも言ってるだろ」

 眉一つ動かさず、彼はしれっと言い放った。

「…何でお見通しなのよ。帆高(ほだか)ってエスパーなわけ?」

「なわけ無いだろ。気配だよ、気配。伊達に長いこと付き合ってないんだから、すぐに分かるんだよ。いい加減、学習しろって。珠結(たまゆ)」

 彼女・永峰珠結は口を尖らせ、カバンをコンクリートの地面に置いてからその場に座り込んだ。それとは対照的にクールフェイスを貫いている、彼こと一之瀬帆高も続いて腰を下ろした。

「だって帆高はいっつも余裕綽々で、あたしは見下されてばっかりじゃない。だからいつか絶対にその余裕面、見るも無残に崩してやるって決めてるんだから」

「アホらし。そういうのを無駄な努力って言うんだよ。そんな暇があるなら数学の公式の一つ二つ、脳味噌に刻み込め。前回のテスト、悲惨だったんだからな」

「うるっさい!」

 帆高の口が多少…いや、かなり悪いのは今に始まったことではない。

珠結は長年の付き合いによって備わった免疫によって、大体の毒舌は受け流せる。

しかしこれが普通の女子なら会話をして物の数分で泣き出すか、顔を真っ赤にして怒り出すだろう。

 帆高自身も少しは自覚があるのか、友人達に対して普段はその口の悪さはそれなりに影を潜めている。だからその分、珠結にしわ寄せが来ていると言えなくも無い。

 しかし一方で自分だけに偽りない素をさらけ出しているのだと思うと、あまり悪い気はしないのが正直な所だ。

そう思えば、さらに噛み付く気は失せてくる。程度によっては、だが。

「まぁとにかく。さっそくだけど…」
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