あたしが眠りにつく前に
 鍵を返却してから戻ってきた無人の教室の机には、自分と帆高の荷物しか残っていなかった。

「そうだ。珠結、メール見てないだろ」

「え? 何か送ったの?」

「用があるから屋上行くの遅れるって…。おい、携帯の意味無いじゃん」

 鞄の中に入れっぱなしだった携帯を取り出せば、サブディスプレイにメール受信の表示が出ていた。

「だってスカートのポケットの中に入れとくのは重たいし、ハンカチ出す時に邪魔になるし。男子がズボンのポケットに財布入れるのとは心理的に違うの。学ランはいいよね、ポケットあって。女子はこういう時こそブレザーがうらやましくなるんだよねぇ。とまぁ、それにしても帆高がメールするなんて珍しいじゃん」

 国内の高校では珍しめの黒セーラー服の赤いリボンを玩びながら、メールの文面を確認をする。絵文字の無い、簡潔な文体で一文のみ。最後の句読点を打たない所は詰めが甘い。

「あのなぁ。何の連絡もしないで寒さの残る時期に、外で待ちぼうけさせるほど俺は鬼じゃないって。…ちょっと長引きそうな気もしてたし。今から、どうする?」

 時計を見れば、下校時刻までさほど時間が無い。

「今日は…いいかな」

「同感。着いてもすぐにチャイム鳴りそうだしな」

「じゃあ、もう帰る?」

 互いの机は教室の左右の端の列にある。鞄を肩にかけて帆高を見やると、帆高は置いたままの鞄を見下ろしていた。

「帆高さーん?」

「…さっきの、見てたんだよな? 裏庭での、こと」

 突然すぎる、消えそうなほどに弱い声。一瞬脳裏に甦えったのは中学生の時の光景。今日はやけに過去を思い出す。

あまりにも‘普通’で何も言ってこなかったから、始めは戸惑いこそすれども珠結もいつしか‘普通に’接していた。それなのに今になって持ち出してくるなんて。

 やはり帆高も人の子、心が乱れないはずが無かった。これも全てポーカーフェイスの下に隠していたというのか。

「…何かあったの? 面白いことなら聞かせてよ」

 あの時だって何も知らないふりをした。

「死んでも言わん」

 あっそう。無関心を装い安堵するも、帆高は顔を上げて同じ眼を向ける。

「やっぱり見てたんだな。白状しろ」

 そして、バレたのだった。
< 61 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop