あたしが眠りにつく前に
「な、何を? 明確な根拠はっ」

「いつもなら、もう一度くらい食い下がるはずだから。俺を甘く見るなよ、バカ」

 見抜かれていては、どうしようもなく。珠結は机に両手を揃えて置くと、軽く頭を下げる。

「……御見それ、しました。惚け通そうなどと、グラニュー糖並みに甘くなめてました」

「座布団はやらないぞ。とか言っても、半分カマかけてたんだけどな。やっぱりそうだったか」

「うおいっ‼」

 最初の頼りなさげな態度は何だったのだ。怒っていても次の瞬間には事も無げにしていたり、からかっていたと思えば急に真剣になったりとするのは珍しくない。

良く言えば気持ちの切り替えが俊敏なのだが、それに振り回されるこっちの身にもなってもらいたい。

「まあ、カマかけなくても荷物を置いて木陰に潜んでたのを見ればな。立ち聞きしてたんだってガキでも予想つく」

「冗談も茶化しもいらんわっ。もう、意味分からん!」

「そっちは下手な洒落言ってたくせに。話を戻すぞ、どこから聞いてた?」

 帆高は机に腰掛け、斜め後ろの位置の珠結へ体を向ける。その目はひどく真剣で、有無を言わせぬ気迫があった。ドクンと珠結の心臓は強く脈打つ。
 
「…あの子の『彼女いないよね?』発言辺りから」

「てことは、ほぼ最初からってことか…」

 抱えるように額に手を当て、帆高は考え込む。

「あのー。そんな心配しなくても、誰にも言わないよ? あたし、ハマグリ並に口堅いから」

 そんなの当たり前だろう、と帆高はキッと眉を吊り上げる。何よ、恩に着てくれてもいいじゃないの。

「…珠結、立ち聞きした内容の丸ごと全て、記憶から抹消しろ。忘れるの、得意だろ」

「一言多い! そんなの、無理に決まってるでしょ。あんな強烈なもの目の当たりにしたら、バッチリ焼き付いちゃってるよ」

「だよな。はぁ、なんであんな時間にあんな場所にいたんだよ」

「責めるんなら、あの顔だけ陰険教師にして。居たくて居たんじゃないもん」

 帆高がまた大きく溜息を吐く。目線は床に向けたまま、言葉を発する。

「俺が今から話すこと、ただの独り言だと思って聞き流して。…万一聞こえてても、言及はするな」
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