あたしが眠りにつく前に
どうしてあたしが、泣きそうになってるの。
顔を上げられないでいると、頭に手が優しく乗った。
「…ごめんな」
どうして謝るの。優しくないだなんて、帆高は自分のことを全然分かっていない。
きっと今、あの瞳(め)をしている。強い眼差しは影を潜め、ガラスのように脆く砕けそうに、危ういほどに揺らいでいる。
あたしのせいでそんな瞳をさせたくない。いつだって、誓っていた。
「あのね帆高、これだけは言わせて。彼女、すっごく傷ついたよ。だから…ね? …こんなこと言える立場じゃないけど」
「…ああ、分かってる。だから、謝らないとな。…すぐに許してくれるとは思わないけど、それでも」
吉と出るか凶と出るか。感じていたことのうちの1つを言ってみたのだが、帆高の反応は静かな笑みだった。珠結は違う意味で泣きたくなった。
「大丈夫だよ、きっと」
帆高の手が頭から離れていく。途端、珠結の視界は急降下した。
「珠結!? どうした!!?」
あわや倒れこむ寸前に帆高は珠結の体を受け止め、壁にもたれさせて床に座らせる。
「ゴメ…。睡魔、来ちゃった、みた…」
「薬は?」
珠結は首を横に振る。帆高は迷い無くポケットから黒パッケージのフリスクを取り出すと、珠結の口に数粒含ませた。しかし、少しの爽快感を得るのみだ。
「幸世(さちよ)さん、家にいるか? 迎えに来てもらおう」
「まだ職場…だと、思う。一応、家に電話…して。いない、なら、保健室で待たせて…もらう」
「でも下手に怪しまれたくないんだろ? いざとなったら俺が家まで背負ってく。ちょっと待ってろよ」
視界が闇に染まりゆく中、携帯の開く音がした。