あたしが眠りにつく前に
 今日は色々とありすぎた。‘厄日’の一言で片付けられず、片付けてもいけない気がした。

だからこそ考えたり整理したり悩んだりする時間が欲しかった。

余韻の残る、全てが深く胸に突き刺さっているこの状態のうちに。

 もうすぐ夜が来る。この分だと最低明日の朝までは目は覚めないだろう。

三歩歩いた鳥の脳でないが、どうか今日あったことを忘れてしまわないように。

彼女のまっすぐな想いや指摘、抑えられなかった一筋の涙も。帆高の優しさと暴走、悔しさを含んだ告白も。自分への罪悪感と無力感、なおも疼き続ける胸の痛みも全部。

 穏やかに流れる川に突如できた波紋のように、一時の小さな出来事として記憶の片隅にしまいこんでしまわないように。
何も思わないまま、のほほんと日常に戻ってしまわないように。

 とりあえず今、思うことは、

ごめんね、帆高。結局は、あの瞳にさせちゃったよね。

 帆高の話し声は聞こえてこない。肩を支える手に力が入る。案の定、まだ時間が早いのだ。

 次第に全ての色と音が遠ざかり、珠結は意識を手放した。


 ◇◇◇


 土日をはさみ、月曜日を迎えた。またいつもの平和な一日が始まる…はずだった。

 何かが違う。

朝のHRが始まる5分前、校舎内に一歩踏み出した時、珠結は漠然とそう感じた。

 最初は気のせいだと思うことにした。上履きが隠されたのでも、下駄箱にゴミが詰め込まれていたのでもない。何も起きていないし、されてもいない。

 言い聞かせるようにして廊下を早足で進み、教室のいつも入ってくる後ろの扉を開けた時。珠結は自分の予感が的中していたことを確信した。

「…あ、おはよ。珠結」

 最初に目が合ったクラスメート友人の笑顔は固いものだった。他の友人達も彼女と同じ表情で挨拶を続けてくる。

「おはよう。…何?」

 近くにいた男子までもが自分を見ており、目が合うなり逸らされた。普段なら馬鹿でかい声でのお喋りに夢中で、自分が教室に入っても気付かないくせに。

 いったい、なんなの。あたしが何かしたの。

 悪い意味で目立つようなことをした覚えは無い。眠り病に関するいくつかの事例以外には。それすら、居眠りや遅刻などが原因でこうした態度を取られるとは思えない。
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