あたしが眠りにつく前に
 訳が分からず居心地の悪い思いのまま、珠結は教室の前方に目を向けた。

 帆高は机に向かって一人、本を読んでいた。

「おはよ、帆高」

「ああ、おはよう。今日は間に合ってよかったな」

 珠結の顔を一瞥しただけで、帆高は再び本に目を戻した。その態度が、やけに不自然だった。いつもなら読書中でも時間がギリギリでも、もう一言二言は会話が続いていた。

 なぜか周囲は静まり返り、教室にいる全員の視線を感じた。ねえ、と珠結が戸惑いを隠しつつ口を開くと、

「早く席着いた方がいいぞ」

帆高は文字を追いながら、そっけなく告げた。その横顔はすでに珠結の存在を拒んでいた。

「…うん、そうする」

 帆高から離れて自分の席に着くと、徐々に喧騒が再開される。しかしそれも隠し切れていない、ぎこちなさが浮き出ている。

「はい、おはよさん。とっとと席着けよー」

 チャイムと同時に、時間に正確な担任教師が入ってきた。あっけらかんとした口調に、その場の緊張感が一瞬ではあるが解けた。

 しかしその日一日、珠結には不快な違和感が付いて回った。短時間の睡眠発作を繰り返し、まどろみの中でも感じずに入られなかった。

 気に食わない。授業中も休み時間も、珠結は見えない正体を見出すために神経を集中させた。

 その翌日の昼休み。

「昨日の『MU-SICK☆』見た? ‘CROSS’の星野君、超カッコ良くない?」

「ダメダメ。珠結はテレビもアイドルも興味ないじゃん。でしょ?」

「じゃあ、教えてあげるよー。あのね…」

 弁当を囲んで、友人達は笑顔で取り留めの無い会話を開始する。

「……ねえ、聞きたいんだけど」

 C・D級のKY? 奇襲仕掛け人? 爆弾投下? そんなの、知ったことか。

「学年中で何が起きてるの? ちょっと詳しく教えてくれないかな」

 困惑する彼女達の目が逸らせないくらいに厳しい顔で、珠結は和やかな話の骨を容赦なく折り砕いた。

 ***

「…とんでもないことになってるよ」

「そうみたいだな」

「だから、他人事のように言わないでよ」

 彼はこんな時でさえ冷静沈着だった。
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