あたしが眠りにつく前に
「…っ。どういう神経してんのよ、バカ帆高っ」

 帆高の前にかがみこみ、手元の開いていた本を取り上げる。帆高はやや顎を上げ、抗議の眼で直視する。魔眼に怯まず本を背後に隠し、抵抗の意を示す。

「何ムキになってんだよ。…まさか、嫌がらせでもされたのか?」

「あたしのことはいいの。それより何でそんなに平然としていられるのよ、今回ばかりは他人事じゃないでしょ!?」

 スカートの裾を握り締め、珠結は叫ぶ。他に誰もいない屋上では、声のボリュームに気を遣う必要は無い。

 数時間前、事の全容を知った。

『私達もね、昨日の朝聞いたんだ。一之瀬君の良くない噂。その、金曜日のね…』

 友人達は言い辛そうにしながらも、自分の知っている限りのことを話してくれた。

 簡潔に言うと、帆高に告白した女生徒・香坂絵里菜(えりな)とのことで帆高が非難され、針の筵状態に置かれているということだ。

 泣きながら裏庭を飛び出す彼女を見た生徒は何人もいたという。この時点でオーバーに言い表すなり、思い込みを加えるなりで大きな誤解が生じたのは想像できる。

 健気な彼女の告白を一刀両断して嘲っただとか、まともに聞こうともしなかったとか。

とにかく帆高が何の罪も無い彼女に、辛く当ったという説が一人歩きしているのが現状。
でなければ彼女があそこまで泣いて動揺するはずが無い、と。 

 噂にはあたかもその場にいたかのような具体的な物もあった。他にも実際に目撃者の珠結が怒鳴りたくなるほど、友人達が耳にした話には嘘八百が並べ立てられていた。

 後から遊びに来た、香坂嬢と同じクラスの里紗は更なる詳細を知っていた。

 当日の夜、彼女は告白時の一部始終を携帯で友人に泣きながら話したらしい。玉砕と論難のショックや自己保身による都合の悪い部分の省略のせいもあってか、悪い方に誇張されただろう内容は友人を激怒させた。

その友人の口から共通の友人・そのまた友人へと話は広がり、いつしか学年中に知れ渡ったということが事の始まりとのことだった。

 お喋りにも程があるし、それは傷心の友人の傷口に塩を塗ってるのではないのか。が、その感想はひとまず放置させてもらう。

「あること無いこと言われてて、こんなの酷すぎるってば。誤解、解かないと!」
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