あたしが眠りにつく前に
「は!? 離れたのはそっちからだよ。あたしのことも避けて、屋上来なかったし。今日だって来ないつもりだったくせに。まさかあたしが巻き添え食わないようにでも考えた? お生憎様、あたしが帆高を唆して、わざとこっぴどくフるように仕向けたって叩かれてるよ」

 大部分の女子には他人行儀を崩さない一之瀬帆高。そんな彼の例外が永峰珠結。平凡のくせに彼女面して、の陰口は慣れっこで、ここぞとばかりに中傷されても痛くもない。

「バカにしないで。こんなことで逃げるぐらいなら、今まで一緒にいない。それは色々な借りがあるからなんかじゃない。性格とか…まあ、かなり問題あるけど、あたしは帆高が好き。だからだよ。しょっちゅう振り回されてるけど、物好きだよね。あたしって」

 一部、こっ恥ずかしいことを言ってしまった。でも後は野となれ山となれ、帆高の不安が少しでも取り除けたならば、それで。

 なら、もういい。刹那の沈黙、後に帆高は微笑った。瞳の奥がかすかに光ったように見えた。

「え、何が『もういい』のよ? 帆だ…」

 覚えた一抹の不安は、頬に添えられた手に追いやられた。

「…な、何!?」

 帆高は無言で珠結の顔を見つめ続ける。恥ずかしさで顔を背けようにも、しっかり固定されている。いくら恋愛対象外の友とはいえ、平常心ではいられない。しかも端正な顔による熟視だから、当然の反応だと思いたい。

「……珠結、少し痩せた?」

「え?」

「顔、細くなった気がする」

「そう、かな…? よく、そう思ったね」

「いつも見てるから」

 ちゃんと食えよなと、帆高が手を引っ込める。手から伝わっていた温い熱が離れて行く。

手、あたしのより大きかった。考えれば当然の事実に、なぜか頬が熱くなった。とうとう人生初の風邪をひいたというのか。咄嗟に頬を押さえてじっとしていると、平常の温度に戻った。違ったらしく、珠結は少し残念に思った。

「…あ、いつの間に」

 さっき取り上げた本で、帆高は読書を再開していた。痩せた云々の話は囮だったのかと、珠結は何も言う気がしなかった。

 見上げた空には灰色の雲がわき、紅色の太陽を覆い隠していた。それはまるで、これからのことを暗示しているかのようだった。
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