あたしが眠りにつく前に
 珠結は帆高に向かって身を乗り出し、「ノート、見せてっ!」と顔の前で拝むように手を合わせる。

「…今日はどれだけ?」

 呆れたような顔と声で聞き返す帆高に、珠結は上目使いで希望を伝える。

「ん~。科学と現社以外、かな?」

 はぁ。帆高は大きく息を吐くも、その手は自分の鞄のファスナーに伸びた。

「また溜息。幸せが逃げるよ?」

「まさか。そんな迷信、嘘っぱちに決まってるだろ。だいたい、溜息ってのは幸せが逃げたからつくもんじゃないのか?」

「理屈っぽいなぁ。じゃあ、ますますってことだよ」

「あぁ、なるほど。どっかの世話の焼ける幼馴染のおかげでな」

 鞄から顔を上げるなりノートを顔の前にズイッと突き出されたものだから、珠結は思わず後ろによろめいた。口だけでなく行動までも粗忽なんだから。

 二人の付き合いは遡ること11年前に幼稚園で出会ったのをきっかけに始まり、その時から長らくの腐れ縁が続くこととなる。

同じ地元の小・中学校に上がり、さらに同じ市内の高校を受験し、共に合格して入学を果した。いつでも互いが傍にいて当たり前と思えるほどに、二人の存在は一定の距離を保っていた。

 また両家共々の家族ぐるみの付き合いもあり、おかげで家族の次に近しい存在に思えるようになったのは自然な成り行きだった。いや、同等と言っても過言ではないかもしれない。

 しかしだからといって男女の関係に発展したことは一度もない。当然今も友情の概念しか持ち合わせていない。よって放課後のこの待ち合わせも、デートや逢い引きとかいう甘ったるいものでは断じてない。しいて言うなら、単なる勉強会だ。

 帆高はさらにノートを数冊重ねて珠結に差し出す。その数、4。その量に尻尾を巻いて逃げたくなる。

それでも手を伸ばして受け取ろうとすると、なぜか帆高はノートを引っ込めた。

「…え、貸してくれないの? 餌を前にちらつかせといて、いざって時にお預けってひどくない?」

「何だよ、その言い様は。違うって。勉強もいいけどな、その前にすることあるだろ」

「ん? 何だっけ。土下座? それはさすがに人権侵害…」

「馬鹿か。…弁当だって。昼、食ってなかったよな」

 そう指摘され、まだ昼食をとっていなかったことにようやく気付いた。夕方なのにいまいち空腹感が無く、お腹がグルグルと鳴っていた訳でもなかったからだ。
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