あたしが眠りにつく前に
「一之瀬君、本好きなの?」

「2日に一冊は読む、ジャンル問わずの読書家。教室で見かけたことあるでしょ」

 あぁ~と里紗が声を漏らす。図書室の常連であり、入学後一週間で司書教諭に顔と名前を覚えられ、2ヶ月で50冊分の貸し出しカードを制覇したことも付け加えると、声を出して笑った。

「ふふ。一之瀬君のこと話す時の珠結、良い顔してるよね」

「そう? 気のせいだよ」

「今度鏡見せたげる。…今見ても遅いよ?」

 窓に映るのは、クエスチョンマークがお似合いの顔だった。

「…一之瀬君、大変なことになってるね」

 急に声のトーンを落とし、里紗が近くの机に荷物を置いた。トートバッグの隙間から、アルバイト先の制服が覗く。

「その紙、何?」

 しわくちゃになった紙を広げて見せると、里紗の眉間に皺が寄る。

「こういうことする奴ら、呪い返しされちゃえばいいのに」

「これは呪いじゃないって。そっくり返したい気持ちは分かるけど。いや、倍以上?」

「異議なし! 何で皆、踊らされてることに気付かないのかなぁ。あーもー、バカみたい!!」

 シュレッダーよろしく、縦に横にと引き裂いてからゴミ箱の上で手を開いた。残骸は紙ふぶきのように底へ底へと舞っていく。

「なんか、単に香坂さんを哀れむが故の騒動じゃなくなってきてると思うんだよねー。逆恨みとかも混ざってる感じがする。一之瀬君は人気者だった分、一部じゃ恨みも買ってたと思うし」

 光ある場所にも影は存在し、影無くして光はその輝きが引き立つことはない。帆高は多くの人の評価を集めてきた。しかしそれは裏で人間的や能力的に適わずに、涙を飲んだ人も多いことも表す。

気に食わないと目障りに思っていた人もいるかもしれない。嫉妬。僻み。目の上の瘤への不満を、現状に乗じてぶつけていると思えば蚤ほどの小さな同情が沸かない訳でもない。

 といっても彼らがしていることは断じて許せはしない。人の心は移ろいやすく、面白いと思えば執心する。タチの悪い愉快犯に転じてしまえば、ブレーキの無いまま走り続ける。

 そのためには、世論全体を一蹴する決定的なものが欲しい。

「ここはやっぱり、‘彼女’の言葉が必要不可欠だと思う」

 二人は顔を見合わせて頷いた。
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