あたしが眠りにつく前に
「何もできないのはこっち。信じるだけで、噂を否定して回るだけ。でも一之瀬君とはあまり接点は無いから、説得力は無いはない。だから、悔しい」

「最初から信じてくれる人は、少しだけだったよ。帆高が里紗の気持ち知ったら、喜ぶと思う。あたしからも言わせて。ありがとう」

 里紗は笑顔に戻ると、廊下を駆けていった。彼女には適わない、そう思える。
それは意味深な言葉で謎を残していくのも同じく。首を傾げると、背後から水の音がした。窓を開けると、小雨程度で降り出していた。このくらいなら運動部は続行だろう。

 雨と分かれば、帆高も教室に戻ってくる。珠結は外に手を伸ばすと、霧吹き並みの雫を受け止めて軽く握った。帆高はどんな思いでこの雨を見ているだろうか。壁の時計は委員会の終了時刻を指し示していた。

帆高の属する美化委員会は活動時間が長い。校内全ての清掃場所を点検して、環境と掃除道具の個数を確認する。その後で校内美化のための企画立案を行い、延長は毎度のことだ。

 上級生にも帆高のことは伝わっている。学年入り交ざってのグループに分かれての活動のため、クラスメートの委員がいても視線の痛さや疎外感は相当なもののはず。

それなのに帆高は心配する珠結に『普通』と涼しい顔で答えただけだった。それが本心なのか、そうでないのか。珠結には分からなかった。

「遠い、なぁ…」

 教室での挨拶と会話、放課後の屋上での教師と生徒紛いのやり取り。荷台に乗って一緒に帰り、手を振って別れる。くだらないことで言い合っても、子供のようにすぐに笑い合う。

しれっとした憎ったらしい顔も、時に見せる呆れたような笑顔も。以前と変わらなすぎて、怖くなる。本当は深く傷ついているはずなのに、そんな素振りも見せないでいる。帆高の心が見えなくて、傍にいるのに遠すぎる。

 今日あたり、強く追及して本音を聞きだしてみるべきか。乾いた掌を開き、空に向けたところで扉が開く音がした。

「「あ」」

 二つの声が重なった。そこには青いユニフォーム姿の塚本圭太が立っていた。

「塚本君、どうしたの?」

「俺は忘れ物取りに来て…っと、あったあった」

 塚本は後ろの棚に置いてあったスポーツタオルを手にとって、珠結に見せた。
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