あたしが眠りにつく前に
「は……?」

「自分のことを嫌ってるからって、こっちもその人のことを仕返しのように嫌いだと決め付けないでしょ。その前に、その人がどんな人なのか知りたくならない? ぶっちゃけるけどあたし、最初は塚本君の態度に腹立ってた。でも段々と良い人だって気づいて、嫌いな要素なんか見つからなかった。そんな人に嫌われるのは残念で悲しいけど、こればかりは仕方ないと」

「…俺が良い人?」

「塚本君はよく笑う人だよね。その明るさに、どれだけの人が元気付けられたのかな。この前も落ち込んだ友達を笑顔にしてて、『この人好きだな』って思ったよ。それに優しい。今だって自分のことも責めちゃって、これじゃ…」

 「もう、いい!」と止める彼の顔は、また違う意味で赤い。その顔を見て、珠結はちょっとした反撃を思い立った。

「そっちも考えてみなよ。帆高の自分への態度は他の皆とは違うでしょ? 毒舌でそっけなくて、それでいて実は優しくて。それはどういう意味の特別だろね。そうそう、塚本君のことを話すときの帆高、すごく楽しそうな顔してたよ。あたしが妬けちゃうくらいに」

 素っ頓狂な声を上げてポカンとした数秒後、彼の頬は緩んだ。
話の主導権はいつしか珠結が握っていた。そのことに気づくと、彼は表情をグッと引き締めた。

「そ、そんなポジティブ思考でいられるの、永峰さんだけだよ。嫌ってる相手に好意的だなんて、理解できない」

「そう? 一般的な考え方の1つだと思ってたんだけど」

「…もういい。はぁ、俺も特別だっていったって、どうせ永峰さんには適わない。あいつの素の態度のレベルも違うだろうし、どうしても時間のブランクは大きいか…」

 当初のケンカ腰と自論はどこへやら、嫉妬にかられていじけている様にしか見えないのは可笑しい。珠結は目を落とすと、首をゆっくり横に振った。

「あたしも、特別の1人だった。けど、良くない意味での‘特別’も併せ持ってて、年を追うごとにそれの方が強くなっていった。帆高はとっくに一人じゃなくなってたのに。友達もいて、何より心強い理解者の塚本君がいて。…あたしがいることの必要性なんて無くなっていたのに」

 厳かな声に切り替わった珠結の眼光は、ここにはいない少年の座席に向けられていた。
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