あたしが眠りにつく前に
「そっか、すっかり忘れてた」

 大して驚くふうでもなく、珠結は鞄から弁当箱を取り出す。中に保冷剤は入っていないものの季節は秋、今から食べても問題無いだろう。

「…今まで無かったよな。昼飯も食わないで寝続けるのは」

「そうだね。初めてかも」

 たとえ午前中に寝ていても、昼休みにはいつもちゃんと起きている。一緒に弁当を食べる友人達が起こしてくれるからだ。

「里紗(りさ)達、今日は起こしてくれなかったんだね」

「いつも通りに起こしてた。でも珠結が、ちっとも起きなかっただけだ。肩揺さぶられても反応無しで…あいつらは『全然起きない』って笑ってたけど」

「へぇ…そうだったんだ。全然気付かなかったよ。ん、サトイモおいし」

 煮物を口に運びながら他人事のように相槌を打つ珠結に、帆高の顔は苦虫を潰したように歪んだ。

「3限の途中から寝てたわけだろ。さっきの数学で起こされるまで、何時間寝てたと思うんだよ?」

「…ん~と、4時間ぐらい? 結構寝てたね」

「いくら何でも寝過ぎだろ! …珠結、昨日は何時に寝た?」

 う、聞かれたくなかったのにな。箸で掴んでいた人参がコロリと落ちた。気を取り直して、口に入れる。

今度は珠結の顔が渋くなった。それを見逃さず、帆高は珠結が口を開く前に言葉を続けた。

「やっぱり7時か?」

 そんな早くに就寝する高校生など、どこを探してもなかなか見つからないだろう。このご時世、小学生でも早くてせいぜい9時だというぐらいか。

「は~ずれ。正解は6時。家に着いて何となく布団に座ってたら、そのまま朝までぐっすり」

 珠結は一旦箸を止め、ペットボトルを手に取りながら平然と答える。朝はあんなに温かかった烏龍茶は、すっかり生ぬるくなっていた。

 ほんの一月前までは7時に寝るのが習慣だった。だが最近は夕飯も食べずに寝てしまうことが多い。

自分はどれだけ睡眠に貪欲なのやら。我ながら内心自嘲してしまう。

「何だよ…それ、そんなに寝てんのに。確実に悪化してるじゃないか」

 帆高が愕然として呟く。そう言い切れるのは、長きに渡る親しい幼馴染として、珠結の異常ともいえる睡眠遍歴を重々知っているからである。
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