あたしが眠りにつく前に
直前に話していた内容が内容だからとはいえ、あんな反応はどうかと思う。

 表現しがたい感情のために足をバタバタさせたくなるも、階下の部屋に響くのでこらえる。枕に顔をうずめていると、鞄の中からくぐもったバイブ音がした。

‘受信メール1件’

 送信者は一之瀬帆高。自宅に到着する時刻を見計らったような、絶妙なタイミング。

『どうかしたのか』

 ここまで簡潔かつ単刀直入に聞かれても返事に困る。その1文を繰り返し読むと、珠結は電源ボタンを長押した。画面が暗転したところで、大きく息を吐き出す。

今の珠結には無視よりも、帆高と言葉を交わすことが心苦しく思えてならなかった。

「ホント、どうしちゃったんだろね…」

 ただ帆高と顔を合わせたくなかった。言葉が見つからなかった。

…そうではない、合わせる顔が無かったのだ。

 仰向けになって背中を布団に預けながら、珠結は塚本との会話を反芻していた。

『解放してやれよ』

 そう、彼の言うとおりだ。あたしはずっと帆高を縛り続けてきた。

『一生不幸でいさせるつもり』

 本当はずいぶん前から自覚していた。しかし目を背けていた。自分の存在が帆高の人生の障害になっているという事実に。

帆高がしてきてくれた事は、星の数にも引けを取らない。この12年間ずっと、一之瀬帆高は永峰珠結のために生きてきた。

 睡眠発作を恐れて家に引きこもりがちなのを、何かと理由をつけて様々な所に連れ出してくれた。

眠っていて授業に遅れがちなのを、ほぼ毎日面と向かって、勉強を教えてくれた。

行き倒れになのが不安だからと、人目を気にしないで登下校を共にしてくれた。

 ただの幼馴染がするようなことだろうか。恋人ではあるまいに。

 こんなこともあった。小学校の修学旅行の当日、集合時間どころか昼過ぎまで目覚めずドタキャンした事があった。すると帆高は仮病を使って2日目で帰ってきた。到底不参加だと分かっていた中学の時では、帆高も前もって不参加を決めていた。

 執心していた部活だけでなく大切な思い出の機会も、帆高は迷わず手放した。

自分だけが楽しい思いをするわけにはいかない。まるで本能であるかのように信じ込んで疑わず、それは異常の域とも呼べる。
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