あたしが眠りにつく前に
 どうして帆高がここまでするのかは、どうしても分からない。だがこれだけは断定できる。

献身的にかつ異常なまでに支えて、守る。全ては幼馴染がいつでも笑っていられるようにと。そのために自分の意思を押し込めて、盲目に尽くしてきた。

いろいろな物を与えてくれた彼に、あたしは何ひとつその犠牲に報いることは無かった。お返しすらできず、奪うばかりで。

 彼には生まれながらの枷は無く、人が羨む全てを持っていたのに。
‘あたし’という重荷がくっついていれば、彼はどこにも行けない。何にもできない。

自由な時間も好きなことも恋も夢も、このままだと全てを棒に振って生きていく。もう、たくさんだ。彼の人生の中心は彼自身でなくてはならない。

 帆高が望むように生きるために、幸せに向かって歩き出すために。

無力なあたしでも君のためにできること、そんなのは1つしかないだろう。

 珠結はゆらりと立ち上がると、窓辺に寄って空をを眺める。今だ切れ目の見えぬ灰色の雲の群れを映す珠結の瞳には、強い決意の意志が宿っていた。


 ***


 その翌日は、青が眩しいくらいの快晴だった。

「うん、この辺でいいよ」

「何言ってんの、校門まで送るわよ。まだフラフラしてるじゃない」

「いいから、停めてっ」

 運転席の女はまだ遠く街路樹の陰に隠れる校舎を見やり、渋々とブレーキをかけて車を路肩に寄せる。

「見られたっていいじゃないの。たく、いっそ欠席したってよかったのに。目覚め30分でその有様で…辛いでしょ、どう見たって」 

「今日はどうしても行かなきゃなんないんだよ。このくらいならまだ休むほどじゃないし、キリが無いよ」

 ふあ、と珠結の口からあくびが漏れた。その潤んだ目元を、女は指でぬぐう。手を離すと、彼女は細い眉を下げて口元を緩めた。

「頑固ね、誰に似たんだか…って、決まってるわね。あの人はふわふわした綿毛みたいな人だったから」

「そうなんだ? …あのさ、ごめんね。こんな時間に送ってもらって」

 通勤・通学の時間帯はとうに過ぎている。通学路でもある歩道は人通りも少ない。

通行人と目が合った。遅刻しておきながら車に乗せてもらい、怠惰だとでも思われているだろうか。
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