あたしが眠りにつく前に
「…バカね。そんなことより、あんたの方こそ大丈夫なの? 道の真ん中で爆睡なんて、シャレになんないわよ」

「ちゃんと歩けるよ。薬も防眠グッズもいつでもスタンバイOKだし。じゃ、行ってくるね。仕事、頑張って」

 まだ何か言いたげな彼女を残し、珠結は路上に降り立つ。ほとんど溶けたフリスクの欠片を噛み砕いて飲みこんで顔を上げる。手はポケットの中の二つ目に伸びていた。

 校舎内はガヤガヤと騒がしく、腕時計で確認すれば2限後の休み時間。授業中に後ろの扉から申し訳なさ気に入って、皆のお勉強を中断させるのに比べればよっぽど気が楽だ。

遅刻自体は慣れてしまっても、何も思わなくなることには慣れたくない。

 教室の扉を開けて一番に目が合ったのは、なぜか他クラスの里紗だった。

「あー、珠結。おそよ~。こら、今何時だと思ってるんだい?」

「答えるまでも無く、大遅刻ですね。ゴメンナサイ。それと今日もようこそ、いらっしゃい」

 こんな短い時間でも、よく毎日足しげく来るものだな。まさか好きな人がこの教室にいるんじゃなかろうか。

教室を見回していると、帆高の席が目に付いた。荷物はあるものの空席で、塚本の姿も無い。昨日の態度とメールを無視したこともあり、胸をなでおろす。

「何ボーっとしてるの? もう職員室行った?」

「ううん、今から。はぁ、またそろそろ反省文、書かされるかも。毎回毎回、原稿用紙一枚分ってキツイんだよね。前回と同じこと書いたら、書き直しだし」

「もう何度目の話? だったら遅刻しなければいい話でしょ~。進路に響くよっ」

「里紗、お母さんみたい。それはそうなんだけど、どうしてもね」

 里紗は頬を膨らませ、腰に手を当てて珠結を見上げてくる。平日もバイトをしながらも勉強も部活も両立し、無遅刻無欠席を誇る彼女に反論などできようが無い。彼女はやはり人型アンドロイドではないかと本気で疑ってしまう。

「反省してるんなら、ちゃんと直さなくちゃ! 私は珠結が心配なんだよ、友達なんだし。それに私だけじゃなくて…、あ」

 自分の後方に向かった里紗の視線の先を追う前に、何かが頭にのしかかってきた。
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