あたしが眠りにつく前に
 珠結は苦笑しながら内心答える。だって幼馴染なのだから。長い間、隣で互いを見てきたのだから、今一歩下がってフォーカスを変えるなどできっこない。

「珠結のポジションが羨ましい。一之瀬君、いつも珠結のこと見てて気にかけてあれこれ世話焼いてるし。フツーに仲良くお喋りして…まあ、中身は子供のケンカみたいなものだけど、それが尚更レアで。まさに幼馴染の特権だよね」

「私も一之瀬君みたいな幼馴染が欲しかったよ。この際、彼女になりたいって贅沢は言わないから。でも副作用があるかも。あんな人が幼馴染なら、彼氏できにくそう。他の男の人といても、何でも比較しちゃって」

 何度も連発される‘幼馴染’のキーワード。それが帆高にとってのネックだった。それはなかなか切りがたい、赤褐色に錆び付いた鎖。

「それにしても香坂さんのこと、美男美女でお似合いだったから、絶対くっつくと思ったのにな。普通の男子なら、告白されたら即OKするに決まってるもんね。だったら一之瀬君、どんな子がタイプなのかな。理想高そ~」

 後半の部分はほとんど耳に入らなかった。やっぱり皆の目にはそう映っていたのだ。帆高の隣にいるのにふさわしいのは、才色兼備な彼女なのだと。幼馴染という関係性が無いと、自分には何も残らない。

「幼馴染じゃなかったら、あたしなんて帆高の目に映りすらしなかっただろうね」

 顔も頭も運動神経も世間一般並で、心配をかけ続けるお荷物な自分など。珠結の感情は、自虐的で後ろ向きにしか働かなくなっていた。こんな暗いマイナス思考の持ち主なんて、誰が好き好んで選ぼうとする?

「え!? そ、そんなつもりで言ったんじゃ…!」

「バカ、声大きいっ」

「おい」3人の密談の中に割り込んできた、低い声。

「さっきから随分楽しそうだな。いつから雑談に便乗できるような余裕面、かませるようになったんだ? 珠結」

 黒いオーラを纏った、にこやかなお顔の帆高の魔眼は珠結だけを見ていた。それで十分伝わったと言わんばかりに、あとの2人は慌ててプリントにかじりつく。

嗚呼、非情・無情・薄情。見捨てるには早い気がするが、しょうがない。周囲は適切な判断で我関せずとシャープペンシルを走らせる。

 まっすぐ帆高を見返せば、変わらない強い瞳がぼやけ、遠くに感じた。
微妙な態度をとり続けているのに、なおも踏み込んできてくれるんだね。もう、いいよ。

「ごめんね」

 長い間ずっと、‘幼馴染’の足枷で縛り付けて。

そして、ありがとう。さよなら。

 ああ、ちゃんと笑えているんだな。帆高の怒りが戸惑いに切り替わるほどに、珠結のその笑顔は自然すぎて、この状況下では不似合いなものだった。

 「ゴメン!」と前と横のクラスメートが目配せすると、「全然?」と唇の端は緩やかに上がった。

 こうやって、ちゃんと笑っていなくては。
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