恋の唄
すると彼は、右手で左側にある私の席の椅子を床を擦る音を立てて引く。
「ドーゾ」
……意外だった。
何となく、何となくだけど、私が見てきた彼の印象ではこんな風にエスコート的な事をする人ではなかったから。
「あ、ありがと」
促されるままに座って、隣の席に華原君がいるのを意識しながらとりあえず机の中に教材を詰め込んでいく。
最後の一つを入れようとした所で華原君の声が聞こえた。
「天音ってさ」
華原君の声が私の苗字を呼ぶ。
多分、これが初めてだと思う。
彼が私を呼ぶのは。
だから少し驚いた。
数回しか話したことのないクラスメイトの私の苗字をちゃんと知っててくれた事に。
私の存在が彼の中にあった事に。