魔王と救世主の恋に
「死ぬのかい?」
「…そう、だね」
僕の腕の中で、
苦しそうにさっきまで呼吸をしていた彼女は今では穏やかな顔して、僕を見上げている。
なんて馬鹿なんだ、きみは。
剣を捨てた僕を刺す前に、自分の剣で自身を貫くなんて。
慌てて駆け付けたものの彼女の腹部から下は使いものになりはしなかった。
「君の仲間が今、来るから」
僕は内心ひどく焦りながら、苛立ちを心の中でぐずついている人間にぶつけた。
早く手当てをしなければと彼女を腕の中に抱きかかえると、彼女は僕の頬に手を添えた。その手は、酷く冷たい。
「行かないでよ」
「…行かないよう」
「置いて行かないでよ」
「……」
「きみの好きなケーキ。きみ、楽しみにしてただろう?僕の分もあげるからさ。それに明後日は君の誕生日なんだろう、それなのに…どうしてこんな……」
自分でも大人げないと知りつつも、僕は声を詰まらせながら彼女にまくし立てた。
どうして彼女が死なないといけないんだ。
人間達を助けようとしただけなのに。
死なないといけないのは、魔王である僕なのに。
どうして、きみは笑っているの?
「“魔王”」
少し間延びした、弾んだ声に僕は不思議な愛しさを感じた。
「魔王ってさ、地に縛られないよう空を高く飛ぶために翼があるんだよねぇー」
最初、何を言っているのか解らなかったものの、
すぐに僕のことを言ってるのが分かった。
「いいなぁ」
ぽつり、
彼女が零した言葉。
「いいなぁ、“魔王”は空高く飛べて」
僕の頬から伝う涙を優しく拭いながら、きみが笑う。
「飛んでけ、」
ずっと、
もっと、
高く、
高く。
「ねぇ、僕は鳥じゃないよ」
もう目を覚まさない彼女の髪を撫でながら僕は空を仰いだ。
「翼がないと飛べないんだ」
きみが、いないと飛べないんだ。