ウェディング・ストーリー



部屋を立ち去ろうとしていたアタシの手を握って、ヤツはソファーにアタシを座らせた。



「怒鳴って...悪かった。だから、まだ帰んな」



なんだか、自分がものすごく悪い人間に思えた。こんな、早く折れたこの人の姿を見たことが無い。



儚げに映るその瞳に、今にも吸い込まれそうだった。



そして、アタシは静かに頷く。



「...俺さ、ずっと考えてた。引越し決める前から。お前の仕事と生活のバランスのこと」


仕事と、生活のバランス?



「今日みたいに、長く家に居ることって滅多にないし。俺が仕事から帰ってお前ん家に電話かけても、居ないのがほとんどで」



そうだね、よく留守番入れてくれるアンタは。携帯は、仕事用で手いっぱいだから、時間が作れる時しかメールも見れないし。だから、家の電話にわざわざ気を遣ってかけてくれるよね。



「24時間、仕事のためならどんなときだって休まねぇし。なのに...それ以外は人のことばっか気にかけて。自分のことなんかほったらかしで」



それは――、どうなんだろ?



「ちょっとした変化でも俺のことならすぐ心配すんのに、お前はどんなに辛くても弱音吐かないし。大丈夫って頑張るし」



...そんな風に、思ってたの?



「俺なんか助けてもらってばっかで、お前に何にも返せてねぇなって。ホント自分が役立たずじゃん?4年も一緒にいんのに...俺ばっか」



ちがうのに。アンタはそのまんまでいいのに...



「情けねーなって思った」


「守るどころか、逆に守られてさ。カッコ悪すぎんだろ?」




胸がズキズキ痛む。そんな泣きそうなカオしないでよ。



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