かえりみち

正卓をまっすぐに見つめる、歩の瞳。
正卓は、この世界で最も純粋な魂に触れたような気がした。
そして、最も孤独で、冷え切った魂に。

昔、本で読んだことを唐突に思い出した。
南極の深い深いところには、100万年前からの氷の層があるという。
地球ができて間もないころに固まった、人の汚れを知らない氷。
太陽の光もぬくもりも届かない場所で、決して溶けることのない氷。
今、それに触れているような気がした。

「・・・」

正卓の手から、力が抜けていく。
代わりに、今まで感じたことのない衝動が、体の中に満ちていく。
何と説明したらいいのか、そのときの正卓には分からなかった。

思わず、歩を強く抱きしめていた。





マグカップに口をつけ、息をつく卓也。
あれから、コーヒーも飲めるくらいに大人になった。

でも・・・

正卓は、卓也を眺めた。
宙をさまよう卓也の瞳。

大人になって少し賢くなった分、迷いが増えただけ。
あのときと、全く変わっていない。
この子の心は・・・
凍てつく暗い海の底に、
深く深く沈んだままだ。
そして、自分にはこの子を暖めることはできない。


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