かえりみち

夜が明けた。
・・・はずなのに、夕べから降り止まない雨のせいで、朝とは思えない薄暗さだ。

幸一は、駐車場に停めた車の中で、フロントガラスの執拗な曇りがとれるのをじっと待っていた。

一睡もしていない。
一晩中かけて、街中の路地という路地をくまなく巡った。
市内のホテルもほとんど全て回った。
卓也はどこにもいなかった。

手がかりといえば・・・
幸一は、後ろの座席に横たえられたチェロケースをちらりと見る。
卓也のチェロケース。
駅前のリサイクルショップのショーケースに、店員が飾ろうとしていたところに偶然出くわしたのだ。
少し前に、スーツケースを引いた青年から買い取ったと教えてくれた。

チェリストにとって、チェロは自分の分身のようなもの。
それを卓也が、楽器の価値もよく分からないような店に安易に売りさばいたことに、幸一は非常な不安を覚えていた。

再び、卓也の携帯に電話をかける。
電話をかけるのは、もう何十回目だろう。
電源が入っていないことを告げるメッセージに失望するのも。


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