かえりみち

「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか・・・」

百合はがっかりして電話を切った。
もうこのメッセージは聞き飽きた。

百合は、工房の入り口を入ってすぐの、応接ソファで朝を迎えた。
昨日、なんとか鍵を開けて中に入ったけど、そこで力尽きた。
二階の自分の部屋へ向かう気力は、なかった。

百合は後悔していた。
…何を?もう、全部だよ…。
昨日という日を、なかったことにしちゃいたい。
まぁ、そんなことができるんなら、タクが刺されたあの日をなかったことにするけど。

「来るなよ!」

昨日の卓也の叫びは、今も耳に残っている。
悲しそうにこちらを睨みつける、目。
思い出すたびに、胸が苦しくなる。
あの目・・・。
どこかで見たことがあるような気がするけど、思い出せない。

卓也があんな風に取り乱すのも、百合に譲らず言い合いになったのも、初めてのことだった。

島田さんちで、何かあったんだ。
タクは居場所を失って、うちに戻ってきたんだ。
それなのに。
それなのに。

工房の前に車が急停車する音に、百合は振り向いて窓の外を伺った。

あっ
島田さんだ!

急いでドアの鍵を開け、降りしきる雨の中小走りで駆けてきた幸一を迎え入れる。

顔を合わせるなり、何の挨拶もなく、二人の口が同時に開いた。

「卓也を、見ませんでした?!」


…答えを聞く前に、答えが分かってしまった。
重い空気が二人を包み込む。

その空気を振り払うように、幸一は口を開いた。
「一緒に探そう。タクが行きそうなとこ、知ってる?」



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