かえりみち
振り向いて卓也を見た指揮者・井上。
「あ、こないだの照明係!」
忘れもしない、こいつは、この間の「奈落の底にまっしぐら事件」の張本人ではないか。
そういえば、あのとき島田さんが「カサイナントカ」って言ってたような気もする。
「・・・あ!」
一瞬置いて卓也も、指揮者・井上を認めて血相を変える。
おい。
一瞬置くな。
私は日本を代表する指揮者・井上だぞ。
「あ、もうご存知でしたか。それなら話は早い」
安川は、半ば強引に卓也を自分の隣に座らせた。
「あの、僕、受付の人に荷物預かってるって言われて来ただけなんですけど・・・」
卓也の弱腰の抵抗は、二人にはまるで効いていない。
卓也は緊張の余り、いつもの半分くらいのサイズに縮こまっている。
「で、君、賞歴は?ひととおり言ってみたまえ」
「ショ、ショーゲキ?」
「賞歴!今までどんな賞をとったんだ、言ってみなさい。」
卓也は一生懸命考えて、小声でぼそぼそ答えた。
「…『掃除をがんばったで賞』を、1度・・・」
「え?『ジョルジオ・ヴァン・ビエッタ』!?」
聞いたことないけど、フランスあたりのコンクールだろうか?
知っている振りをしたほうがいいだろうか。