かえりみち
卓也が、さっきと同じ場所に一人、座っている。
頭の中には、さっき安川教授に言われた言葉が、ぐるぐると巡り続けていた。
「無理です!無理無理無理無理!!」
そう言って発作的に立ち上がった卓也を、安川がまた座らせる。
「ちょっと、葛西。落ち着いて聞いてくれ」
無理無理無理。
「君も見ただろう?島田の肩を」
安川の手が、卓也の肩にずっしりと重くのしかかった。
「…肩の怪我は、チェリストにとっては致命傷だ。島田はもう弾けないかもしれない。今のあいつにとっては、お前が、たった一つの希望なんだよ。」
僕が、島田さんの希望に。
なれるものなら、そうなりたい。
だけど・・・
ふと、正卓のことを思った。
島田歩に戻るということは、正卓と完全に決別することでもある。
そしたらあの人は、本当に一人ぼっちだ。
悩む卓也に、病院の事務員が近づいてきた。
「あの、葛西卓也さんですか?」
「はい?」
「荷物を、こちらで預かってるんですが・・・」
あ、そうだった。
それでエントランスホールに来たのに。
すっかり忘れてた。
預かっている荷物というのは、卓也のスーツケースだった。
事故の知らせを聞いて飛んできたので、そのまま正卓の家に置きっぱなしになっていたのだ。
それを見た卓也が、怪訝な表情を浮かべた。
「あの。…これ宅配で?」
「いえ。五十代くらいの男の方が、持ってこられましたよ。」
「…」
卓也は突然、走り出した。