かえりみち
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自動ドアが開くと、そこには吹き抜けになった巨大でスタイリッシュなエントランスが広がっている。

履いてきた靴の音が意外に響くことに、初めて気づいた。

やだ、違うのを履いてくればよかった。
つま先で歩けば、少しは響かないかしら・・・
わたし、こういうところ苦手なのよ・・・

由紀子は、初めてお使いを頼まれた子どものような所在なさを醸し出しながら、きょろきょろと辺りを見回す。

あ、あのポスター。

開催告知コーナーに、幸一が出演するはずだった東都フィルとのコンサートのポスターが貼られている。
少し近寄ってみると、その脇に「出演者の変更」という張り紙がしてあり、葛西卓也の名前が見えた。

名前の脇、多分プロフィールが書いてあるんだろうけど、なんて書いてあるのかしら。
小さすぎて、よく見えないわ。

「高伊音楽院に在学中、島田幸一にその才能を見出される。既成の音楽教育にはもはや彼を受け入れる器はなく、それ以降同氏に師事。日本を代表するチェリスト・島田幸一が唯一師事を許したその類まれなる才能が、いよいよそのベールを脱ぐ!」

由紀子の気持ちに答えるように、前に立っていた二人の男の一人が小さく書かれたプロフィールを声に出して読み上げた。

はぁ・・・。ものは書きようね。

「上手な文章だなぁ」
由紀子に答えるように、もう一人の男が言った。


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