かえりみち

嬉しそうな歩の笑顔。

「そうか、じゃあ少し合わせて弾いてみる?」

「うん!」

歩は大真面目な顔をして、譜面台の楽譜をめくって最初のページに戻した。

幸一が歩のチェロの練習用に、作ってあげた曲だった。子供の歩にはまだ難しい部分もあるけれど、我ながらなかなかいい出来だった。

「パパこの曲、題名のとこ空白だけど、なんて曲なの?」

「まだ決めてない。歩が決めていいよ」

「ホント?!じゃあねぇ・・・」

歩はひと時悩んでから、
「交響曲第1番!」
と言い放った。

幸一は、思わず吹き出してしまった。
「あのねぇ、交響曲っていうのはオーケストラが演奏する曲のことを言うんだよ」
「そうなの?じゃあ…」

「無伴奏チェロワルツ!」

「交響詩ボクの曲!」

「運命!」

結局、決まらなかった。決まらなかったけど、歩は、この曲を最後まで弾いてくれた。時々つっかかりながら、時々「ここできないや」と言って飛ばしながらだったけれど。
幸一は歩の弾くスピードに合わせて、ゆっくりと下のパートを弾いた。

歩がもう少し大きくなったら、もっと上手に弾けるようになるよ。
そしたら、どこかの中くらいのホールを借りて、発表会やろう。
そう約束した。

幸せな時間だった。


今、一人下のパートを弾く幸一。
隣の椅子のチェロは、無言のまま。
いまだ名のない、切なげな単線のメロディーが、幸一の胸をどこまでも締めつけた。


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